碧の刃と紅い刃

空式_Ryo

第0話 プロローグ1

 少年は生まれた時に深海しんかいあおという名前を授かると同時に母親を失った。


 少年は1歳の時に父親を失った。


 少年は3歳の時に祖父母を失った。


 少年は6歳の時に養護施設に入れられた。


 少年は8歳の時に仲の良かった友達を失った。


 少年は12歳の時に住む場所も共に暮らしていた人たちも失った。


 少年は12歳にして自分の運命と無力さを痛感し、そんな自分を心の底から否定した。


 少年は13歳の時死のうとした。


 けれど、少年は死ねなかった。


 少年は15歳の時に死ぬのを諦めた。


 少年には4人の親友ができた。気軽に愚痴を言い合い、時にはふざけ合い、喧嘩したり、そんな親友たちは少年の心の中で生きる希望となった。


 そして、少年は16歳になり高校生になった。


 <><><><><>


「アオ〜、宿題見してくれよー」


 声をかけられ後ろを振り向く。

 そこでは、いつものようにメロンパンが乗ったノートを髪に献上する神主のように両手で持ち、頭をさげる金髪の少年がいた。

 少年の名前は金麗きんれいかがみ。クラスの皆からは特徴的な金色の髪と名前を文字ってカガキンと呼ばれている明るい印象の少年だ。


「俺は焼きそばパンが好きだって言ってるだろ、というか、いい加減宿題ぐらい自分でやってこいよ」

「努力はしたんだよ〜。でもね、授業もまともに聞いてない頭の悪い僕が解けるわけないじゃーん!」

「じゃあ勉強しろよ」

「はは、気が向いたらねー」


 そんな風に毎朝行われるもはや習慣と化した話をしたあと、呆れがちに黒髪の少年、アオはメロンパンを手にとって代わりにノートの上に宿題ノートと書かれた自分のノートを置く。


「あざまーす!」


 カガキンは嬉しそうに二冊のノートを開き、白紙である自分のノートに宿題を写していく。

 カガキンとアオは中学二年の時からの付き合いだ。こんな内容の会話を二年も続けた今となってはこの光景は見慣れたもので、呆れつつもアオは地味にこの毎日の会話が楽しみにしていたりもする。


「カガキン、また碧に宿題見してもらってるの? 授業中寝てばかりいないでいい加減勉強しなよ。少しは碧の負担も考えたら?」


 また背後から声がする。

 ただ、今回は振り向かなくても誰かはわかる。

 紫色の髪を短く切りそろえ高校生にしてはだいぶ身長も体格も小さくまだ幼さの残る顔立ちの少女、ムラサキだ。

 本名は闇影やみかげ紫穂しほ。紫色の髪と名前に紫が入ることからムラサキと呼ばれていて、アオがカガキンに宿題を見せる度‥‥‥というか大体いつも、ゴミのようなものを見る目でカガキンを見ている。


「そんな目で見ないでよー。僕だってね、自分なりに頑張ってるんだよ? ただ、頑張りに対して実欲が比例してないだけだからー」

「そうか、そうだったな。お前は勉強すればするほどなぜかバカになっていくクズ野郎だったな」

「えぇー、そこまで言っちゃう?」

「当たり前だ。お前、かれこれ何人女子をなかせたと思ってるんだ」

「心外だなー、向こうから告白してきて僕はそれを断っただけだよー」

「はぁ、まぁいい。それよりも、そろそろ朝のホームルームが始まるぞ」

「あ、やべ」


 カガキンは黒板の上につけられた時計を見て慌てて自分のノートに宿題を写していく。ただ、あまりの速さに字は汚く、これは再提出になるなと思いながらアオはカガキンを眺め、ムラサキは呆れたようにため息をつく。まるで真面目な姉と不出来な弟のような関係である。


「相変わらずムラサキちゃんはカガキンに冷たいね」


 そう言って突然会話に入ってきたのは赤い髪をポニテにした陽気な雰囲気の少女だ。


「別にいいだろ。それより、朝のホームルームが始まるっていうのにわざわざ違うクラスにまできて、高校生になってからもう二ヶ月は経つだろ。まだ友達ができないのか?」

「うぐ、相変わらずムラサキちゃんは痛いところついてくるなぁ」


 赤い髪の少女はダメージを受けたという演技か「うぅ」と力なく唸りながら目を細める。

 少女の名前は炎龍えんりゅう円香まどか。見た目は陽気な少女なのだが、他人と話すと口ごもってしまうという体質から未だにクラスで友達ができず、わざわざ校舎内をぐるりと回ったこの教室まで遊びに来るのだ。ここにくる暇があったら早く友達を作ればいいのにと思う。

 ちなみにアオたちの間ではセキと呼ばれている。


「わざわざこのクラスにくるぐらいなら早く友達作りなよ」


 ‥‥‥どうやらムラサキもアオ同じことを考えていたようだ。


「待ってよぉ、突き放さないでよぉ。二年の付き合いなんだから私がどういう体質を持ってるのか知ってるでしょ? そんな私を突き放そうとしないでぇ」


 そんな風にもはや半泣き状態で泣きつくセキにムラサキは心底うざそうに、


「うざい、早く離れろ! 私の服をお前の涙と鼻水で汚すな!」


 ムラサキは必死にセキを剥がそうとするが、体格の差と体重、胸の大きさといろいろなところで負けているムラサキの力で剥がせるはずもなく一分ほどで紫が諦めた。


「んー、やっぱりムラサキちゃんの肌とか髪質とか最高! 癒されるぅー」

「は、お前、どこ触ってんだ! マジでやめろ、ちょ、そこはだめ!」


 疲れ果て、引き剥がすことを諦めたのをいいことにセキがムラサキの体のあちこちを触り始め、それから少ししてムラサキの全力チョップがセキの脳天を捉える。

 セキは衝撃でバランスを崩し床に尻餅をつき、


「っ、痛ったーい!」


 思わず他のクラスメイトたちもびっくりしてしまうほど大きな声で叫ぶ。


「ようやく離れたか」

 

 痛そうにするセキを見てもムラサキは当然だという目で見ている。


「もう!ひどい!」

「お前が痴漢するのが悪いんだろ! それよりも、あと一分でホームルーム始まるぞ! いい加減自分の教室に戻れ!」

「うぅ、わかったよ。ムラサキちゃんは私を見捨てるんだね。わかった。もう私、ここには来ない」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「えぇ、そこはごめん悪かったーって止めるとこじゃないの?! ひどい!」

「ぶふっ」

「あ、アオまで笑った! みんなしてひどい!」

「僕はセキちゃんのことを突き放したりしないよー」

「あ、別にカガキンに突き放されてもどうとも思わないからいいです」

「セキちゃん僕にだけ酷くない!?」

「ハハハ」


 相変わらずカガキンはいつも通りの扱いである。

 思わず二回も笑ってしまった。やっぱり、こいつらといると退屈しない。


「おいお前ら! なんで笑ってるのかは知らないが、笑っている場合じゃないぞ!」


 そんないつも通りの会話をしていると突然、スマホを片手に持った緑髪の体の大きな少年、島風しまかぜ春樹はるき、アダ名、リョクがアオたち四人の前にとある画面が映し出されたスマホを見せる。

 リョクはカガキンと同じく中学二年からの付き合いで、カガキンよりは頭はいいが基本馬鹿で脳筋タイプな少年だが普段、全くと言っていいほど取り乱さないが特徴だ。

 だからこそ、そんな彼が酷く焦っているのだ。そのスマホの画面はとんでもないものなのだろう。


「これを見てくれ!」


 動画は五分ほどの短いものだった。 

 スマホの画面にはOgaと白文字で書かれた画面が映っていて、少しするとスマホの画面が移り変わり、真っ暗な空間に三十から四十代ほどの中年の男が映る。そこから不気味な音楽も流れ、男の周りが徐々に明るくなりは姿を現す。


 赤い一本の角を額から生やし、白目どころか瞳もない真っ赤な目になんでも切り裂いてしまいそうなほど鋭く尖った爪。


 


「えー、皆さん御機嫌よう。この動画では今から私の開発したウイルスでも細菌でもない新たな病原菌Ogaが引き起こす感染症の実例をお見せします」


 スマホから流れていた音楽が止まり、替わりに紳士風の男の声が流れる。


「今ここには一人の人間と一体の化け物、鬼がいます。そして、今私の手元にはOgaの入った注射があります。それを、人間の方に注射すると‥‥‥」


 映像の中の男の二の腕に注射針が刺さり、何かが男の体の中に入っていく。

 直後、男は口から泡を吐き、苦しそうにもがき、そしてピクリとも動かなくなる。

 だが、数分後、男の額がパックリと開き一本の赤い角が生え体に巻き付いていた拘束具を力ずくで破った。

 男の瞳は先ほど動画に映った鬼と同じく真っ赤に染まり、見ただけで身が竦むほどの恐怖を植え付けてくる。


「皆さんも見てわかるようにこのように鬼と化します。鬼は簡単に人を殺せる力があるので是非みなさん気をつけてください。ああ、安心してくださいね、皆さんがこの動画を見ている頃にはこの鬼たちもOgaも日本中にばらまいてますから。怯えるのは一瞬だけです。それでは、人間が数を減らした世界でまた会いましょう」


 動画はプツリと音を立てて終わった。

 そして、これを見た5人は混乱していた。

 いや、アオたちだけではない。他のクラスメイトも動画を見ていたようで皆同様に混乱しているようだった。


「これ、本当の動画とか言わないよね?」


 恐る恐るアオはリョクに尋ねる。だが、返事は返って来ない。リョクは信じられないという目で一人の男子生徒を見ていたからだ。

 リョクの見ている方を見ると、クラスメイトが動画に出てきた鬼同様額から角を生やし口に人の手らしきものを加えているのを見てしまう。


(嘘、だろ?)


 そう考えた矢先。


「キャァァァ、私の手がぁぁ、痛い、痛い、なにこれぇぇ!」


 悲鳴が聞こえた。それも、小さい頃から何度も何度も聞いたことのある恐怖に染め上がった声だ。


 思い出す、平凡な日常はガラスのように簡単に壊れてしまうということを。


 やばい、と直感的に感じた。同時に、キンカガたちを失いたくないと思った。

 気づいた時にはキンカガたちを連れて走り出していた。他のクラスメイトを囮にして。

 胸が痛んだ。でも、そのおかげで自分たちが今逃げれているんだと強引に自分を納得させてアオは走る。大事なものを失わないように。

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