第4話 殿下、でしたか。
笑い声は、先程来、ブロンドの青年の後ろに控えていた黒装束の青年から発せられていた。
ちょっと失礼な感じの笑い方じゃない?
「レディ。君は最高だね。ルークのこんなに拗ねた顔も、開いた口も、僕は、久しぶりに見たよ」
「それはどうも、ありがとうございます」
ひぃひぃと呼吸困難になるくらい笑っている青年を、冷ややかに見つめ、褒められているのではないであろう言葉に対し、礼を言う。
「褒めてないぞ」
「そのようですね」
不機嫌そうな声の主は、ルークと呼ばれたキラキライケメン青年。そしてため息混じりに、笑いが止まらない声の主を見つめる。
「レオ、いい加減にしろ。話を先に進めたい」
ルークというキラキライケメン青年は、笑い続ける黒装束の青年を細めた目で見据えた。
「はっ、失礼いたしました。ルーカス殿下。では、お茶を」
レオと呼ばれた黒装束の青年は、胸に手を当て慇懃に腰を折った後、掛けている眼鏡のブリッジを人差し指と中指の2本の指で軽く押し、眼鏡の位置を調節した。長いストレートヘアは薄茶色で艷めいている。その髪を右サイドで緩く結び、毛先は右肩から胸許へと流していた。長い前髪は先ほど整えた眼鏡の右端にかかっていて、その眼鏡の奥の榛色の瞳には知性が溢れて出ている。ルーカスと同じく、なかなかの美丈夫だ。
そして切り替えが早い!
さっきまであんなに笑っていたのに!
キラキライケメンとはまた違った、クールなイケメンだね。
レオは素早く移動し、ドアを開け部屋の外に向け指示を出した。
その様子を見つめながら、先程のイケメンふたりの会話を思い出す。
えーっと?
何でしょう。
いま、殿下って言った?言ったよね?
美月は頭をフル回転させた。
突っ込みどころ満載すぎて、どこから突っ込んでいいのかわからない。
同じサッカー部の理央の好きな世界。
この前貸してくれた小説に似たような話があったよね。
さっきから嫌な予感しかしないんだけど。
「それで、お前は誰だ?どこから来た?」
ルーカスは、美月の向かいのソファーにどかっと腰を落とした。
くしゃっと前髪をかきあげると、エメラルドグリーンの瞳を美月に向ける。
正面から見据えられ、背筋に緊張を走らせた美月は、思わぬ行動をとった。
右手を顔の斜め前に高々と上げ、
「はいっ」
いわゆる挙手をしたのだ。
いやぁ、習慣って恐ろしいね。
部活の時、コーチに意見があるときは、挙手してから意見を述べるのがルールだったから、緊張すると日頃の行いが出るんだろうね。
ああ、ほら、ルーカス殿下だっけ?完全に引いてるよ。
まあ、いいや。
それから勢いよく立ち上がろうとして、臀部に痛みが走る。
「痛っ…」
思い出した。何故か尻餅をついた、いや落ちて、しこたま強く腰を打ったのだった。
「少しお待ちください」
そう告げると美月は、自分の臀部を制服のスカートの上からワサワサと揉んだ。次に指先で尾骨周囲をトントンと叩いていった。
「…何を、している」
ルーカスは眉根を寄せ、怪訝な顔つきで美月に問いかける。何故かほんのり頬がピンクに染まっていた。
「へっ?…ああ、さっき腰を強く打ったので、骨折してないか確かめていました」
なんでそんなことを聞くのかと思ったが、よく考えると怪しいのか。ここは素直にそのまま伝えた。
「医術の心得があるのか?」
めっちゃ驚いた顔してるね。キラキライケメン殿下。
それにしても、医術の心得?
あるわけ無いでしょう!
なんでそうなる?
私は花の女子高生ですからっ!
あ、ダメダメ。ちょっと深呼吸。
興奮する心を無理やり落ち着ける。
「いえ、サッカーをしているので怪我には慣れているのです。医者に急いで診せるか診せないかぐらいの判断はできます。尾骨骨折は、一緒にサッカーをしていた母が調子に乗って尻餅をついて一度経験済みなので、もしやと心配になって確認しただけです。でも―――、この分なら大丈夫そうです。新人戦を控えているので、ちょっと慎重になってしまいました。それで質問の答えですが、私は根本美月といいます。どこから来たかというと、ここではないのは確かなのですが…。あの、ここはどこでしょう?」
私は首を傾げた。
「………」
あれ?殿下黙っちゃいましたよ。何かまずかったかなぁ。
質問を質問で返したこと?どこから来たのかはっきり言わなかったから?
や、でもここがどこかもわからないし、そんな状況でペラペラ喋りたくない。できるだけ危険は回避したい。
「名前、なんだって?」
問い返してきたのはレオだった。
「根本美月です。ファーストネームは美月です。私の国ではセカンドネームが先に来ます。ミドルネームは持ってないのが一般的です。ええと、レオさん?」
「やあ、そうなんだ。よろしく、ミツキ。僕は、レナード・ジョセフ・ウェリントン。今言っていた通り、レオでいいよ」
レオが話し終えたと同時に、ドアがノックされる。入室の許可を出したのはレオだ。
内向きに開いたドアから紺のお仕着せを着た女中が、ワゴンに乗せたティーセットを運んできた。
ローテーブルの上に静かに茶器を並べていく。沢山のパイやクッキー、サンドイッチも並べられた。
女中は制服姿の美月が珍しいのか、ちらっと美月に目をやった。
女中のお仕着せをしげしげと眺めていた美月と目が合う。一瞬気まずそうな表情をした彼女に、美月はニッコリと微笑みかけた。
「ありがとう。美味しそうだね」
微笑みを受けた女中は真っ赤になり、慌てて顔を伏せた。
「後はこちらがするから、下がっていいよ」
その様子を見ていたレナードが伝える。
退室する際、再び目があった女中に、美月はもう一度微笑み、ひらひらと手を振った。女中は真っ赤になりながら「失礼します」と去っていく。
「可愛いひとだね――♪」
お茶を注ぐレナードに向かい、美月が話しかけた。
「そうですね。…あなたは女性の扱いがお上手ですね。今度、殿下に教えてあげてください」
美月にお茶を差し出しながら、レナードが微笑んだ。
美月は目を瞬かせた。
「え、殿下って女性が苦手なの?」
こんな、キラキライケメンなのに?
ちょっと気の毒――、そんな思いが美月の表情を歪めた。
「何を、馬鹿なっ。俺のことは放っておけ。だいたいお前は落ち着きが無さ過ぎる。さっきから一向に話が進まないではないか」
焦るイケメン。
うん、なんかちょっと残念だね。
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