第31話 悪からの解放

 スコットランド、某所。その古びたビルの屋上に、1機のヘリがバタバタと大きなプロペラの音を立てて着陸する。そして、そのヘリの大きなドアが開かれる。

「降りろ。」

 頭に目隠しの為に被せた、袋の様な物を被った男―――シャドウは、009に手を引かれヘリから降りる。

「クソッ、、、どこだここは、、、?何しやがる、、、?」

「黙って歩け。」

 護衛に付いている武装した男達は、シャドウの身体に直接銃口を突き付けて警告する。

 シャドウは長い長い道を009に誘導されながら、どこで曲がったか、曲がって何歩歩いたところでまた曲がったかをしっかりと数え、頭に焼き付けた。


「座れ。」

「あいよ。」

 シャドウは言われた通りに座った。そこには金属でできた椅子があった。その椅子は、固く、冷たかった。

 そして、その椅子に縛られた後、シャドウの頭に被せてあった物が取られる。

「ウウッ、、、。」

 シャドウの目に眩しい光が入ってくる。顔にライトが浴びせられていたのだった。

「お目覚めの様だね~、シャドウ君~。」

 目の前にはシェラ―――、いや、009が立っていた。のんきに笑っている。

「まさか、、、お前が、、、スパイだったとはな、、、。」

「フッフッフ~、シェラたんがMI6の00エージェントでした~。ねぇ、分からなかったでしょ?ねぇねぇどうなの?」

「バカ野郎、、、。お前と会って全然経ってないんだよ。」

「あ、そーだったっけ?まぁ、良いや!アハハハ~」

  009は相変わらずのんきに話を進める。シャドウは身動きを取れないまま、彼女の話を聞く。

「そんで、俺は死ぬのか?」

 シャドウはシェラに聞く。

「ん?言ったじゃ~ん。君の仲間がテロをしなければ君は死なないって。」

「そうか。じゃあ、俺は死ぬな。確実に。」

「いや~、そうなのかは分からないよ~。だって、私結構君の事を気に入ってるんだよ~。」

 009はシャドウの顔の輪郭を両手で撫でた。

「君は助かるよ。」

「何故?」

「だって、君は愛を知っているから。」

「意味が分からないッ!てか、何で俺を拉致したんだよッ!」

「だから言ってんじゃん!愛を知っているから、君はまだ救えるんだよ!」

「そうか、じゃあ何でリーパーは助けられないんだ!?」

「あぁ、君のお友達の彼ね。彼はもうダメだよ。だって、彼は愛を知らないから。戦って人を殺める事しか知らないから。もう、救いようが無いんだよ、、、。だから、私は君を助ける。必ずね。」

 そう言って009は部屋から出て行った。

――何だよ!どういう事だよ!俺が愛を知っていて、リーパーは愛を知らない!?何だよそれ!! しかも、何だ助かるって、、、。意味分からねぇだろッ!何でアイツが助からねぇんだよッ!


『お前は俺とは違う。人を愛し、愛す事が出来るはずだ。俺はそんな事よりも大切な事がある。でも、それは全てを捨てなくてはいけない。お前はもう手放せない物を持っているはずだ。だから、自分の幸せを考えたらどうなんだ。』


 シャドウは、リーパーがSIS本部ビルで言った事を思い出した。リーパーは、人を愛した事が無い。何故ならば、彼が愛された事が無いから。でも、シャドウにはシャドウに愛を教えてくれた存在――妹がいた。

「アスカ、、、ゴメン、、、俺は、、、俺はッ、、、、」

 シャドウは過去の事をこの寂しい部屋で、拘束されたまま思い出す。そして、乾いた瞳から涙を流す。

「ゴメンな。俺がこんなんだから、アスカの事を守れなかった。そして、今も俺はバラライカを守れないんだ、、、。どうすれば良いんだよ、、、。俺は、、、」

 涙で視界に映っている灰色の天井がぼやけてくる。

 空腹感を感じていたが、そんなものはもうどうでも良くなってくる。

 自分は何故生きているのだろう。その答えは何度考えても分からない。

 大切な人とまたさようならをしなくてはいけないのだろうか?

 『さようなら』。それ以上に悲しい言葉がこの世の中にあるのだろうか?

 孤独という剣が、彼を傷つけていく。彼の感情を傷つけていくのだった。



 鋼鉄の扉がギギギと音を立てながら開く。

「は~い、ご飯の時間だよ~」

 009がパンとミルクを持ってやって来た。

「食べる?」

 椅子に縛られているシャドウに尋ねる。しかし、シャドウは真っすぐ天井を見上げているだけで、返事はしなかった。

「あ、トイレ。トイレしたい?」

 009はシャドウの目を覗き込む。しかし、009に目の焦点が合っていない。

「、、、なぁ、、、。」

「ん?」

 シャドウは009に口を開いた。

「、、、俺の事を殺してくれないか?」

 カラカラの声でシャドウは009に訴えた。

「おぉ、それははたまたどして?」

「、、、もう、疲れた。生きるのが嫌だ。いっその事楽にしてくれ。」

「ん?ヤダ。」

「、、、何故だ?どうしてだ?俺を殺せば良いじゃないか。」 

「ん~っとね、今君を殺したところで君は犯した罪を償わないからだね~。しっかり生きて償ってもらわんとねぇ?」

「、、、俺に何を償えと?俺は何も出来ない。」

「さぁね。それは自分で考えるんだよ~。」

 そう言って009は部屋を出て行った。

 

 そして、再び孤独が彼を襲った―――。



 夜の月明かりがIRAのプラントを照らし、生暖かい風が吹いていた。

「あぁ、今日も寝ますかね。」

 ヴェノムに乗っていたコリブリは眠気に襲われており、寝ようとしていた。

『ゴンゴンゴン!』

 素早くヴェノムのハッチがノックされる。

「はい、何ですか、、、ファ~、、、」

 あくびをしながらコリブリはヴェノムから降りる。

「動くな。」

 コリブリに銃が突き付けられた音がした。コリブリは両手を挙げる。

「冗談じゃない、、、。バラライカ!」

 彼に銃を向けていたのはバラライカだった。

「私の言う通りにしてもらうわよ。」

 そう脅した―――、次の瞬間

「誰がお前の言う事なんか聞くか。クソアマめ。」

 コリブリは、瞬時にバラライカの拳銃を取り上げて、代わりに自分のM92Fを突き付けた。

 ハンマーは落ちていて、人差し指もトリガーに引っ掛かっていた。

「そんな事だろうと思っていた。」

 リーパーが闇の中から現れる。そして、バラライカに月明かりに照らされて白銀に輝くナイフを突きつける。

「何のつもりだ?」

「関係無いッ、、、。」

「いや、俺の味方に銃を突きつけた。お前を今ここで向こうに送ってやっても良いんだぞ?」

「、、、、。」

 バラライカは黙ってしまった。

「何か言ったらどうなんだ!!クソ女!!」

 リーパーはバラライカの襟を掴んだ。

「諦められないよ、、、諦められる訳無いじゃん!!まだシャドウは生きてる!!生きてるんだよ!!」

「そうだ。アイツは生きているだろうな。でも、もうアイツは助からない。お前も犠牲になりたいのか?」

「シャドウが犠牲になるなら私も一緒に地獄に落ちる。」

 バラライカの目は本気だった。シャドウはその目をインターフェース越しに覗いた。

「分かった。ヘリを手配しよう。だが、条件がある。」

「条件、、、?」

「1つ、迎えのヘリはやらない。」

「そんな事したら帰って来れない!!」

「じゃあ、諦めるんだな。ヘリも犠牲に出来ない。お前とアイツの命が何個あっても足りない額だからな。覚えておけよ。」

「それじゃあ、、、2つ目は、、、。」

「2つ、この任務が終わったらお前達2人には重要任務を遂行してもらう。」

「重要任務、、、、。」

「あぁ、それは――――、」

 リーパー、バラライカ、コリブリに生暖かい夜の風が吹き付ける。

 月明かりに3人は照らされ、陰影がハッキリと別れている。

 火薬の臭いが夜の闇に包まれる。そして、リーパーは口を開いた。


「―――女王陛下の殺害だ。」

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