第44話

 二人で朝食を食べ終えると楓が弁当袋を渡してくる。



「はい、今日も頑張ってくださいね」

「ありがとう、助かるよ」



 弁当袋を受け取るとそのまま楓が俺の手を握ってくる。



「今日、帰ってきてからゆっくり話をしませんか? これからのことも含めて……」

「そうだな、中途半端に終わってたからな。明日も休みだからちょうどいい機会か……。わかったよ、準備しておくな」

「はいっ、では行ってらっしゃい」



 楓が手を振ってくる。

 それに見送られるように俺は仕事に出ていく。


 本当にただそれだけのことなのに俺のテンションはかなり上がっていた。

 おもわず小躍りしたくなるような……。





「岸野先輩、今日は嬉しそうですね。良いことでもありましたか?」

「そうだな、ちょっとな……」



 なるべく態度には出ないように注意していたもののやはりわかってしまうようだった。



「俊先輩ー!」



 すると後ろから渡井の大きな声が聞こえてくる。


 何だか嫌な予感がしたのでさっと横に避けると渡井が驚きの声をあげる。



「な、なんで避けるのですか!? きゃっ……」



 そのまま勢いよく突っ込んできた渡井は俺に躱されたことでそのまま山北に突っ込んでいった。

 それをしっかり抱き留める山北。

 山北の顔は真っ赤に染まる。

 ただ、渡井はそれを気にした様子がなくすぐに山北から離れると頬を膨らませながら俺の方に近付いてくる。



「いや、危険を感じてな……」

「私が危険なわけないでしょ!」

「危険そのものだと思うぞ……」

「むーっ……」

「それよりも山北に受け止めて貰ったんだからお礼くらい言ったらどうだ?」

「そうですね、山北君、ありがとう」

「いえ、当然のことをしただけですよ……」



 山北がはにかんでいる。

 その表情を見るだけで山北が渡井に惚れていることは容易に想像が付く。

 ただ、しばらく進展はなさそうだな……。


 渡井が再び俺の側に近付いてきて文句を言っている様子を見て、俺は苦笑を浮かべる。





 昼になり、俺は弁当箱を広げていた。



「岸野先輩、今日は弁当なんですね」

「あぁ、久々にな」



 弁当箱を開けてみるとなぜかご飯の上にハートマークが描かれていた。

 今まではそんなことなかったのに……。


 おもわずさっと弁当箱を閉じてしまう。



「どうかしたのですか?」

「いや、なんでもないよ……」



 俺は苦笑をしながらもう一度……、今度は自分にだけ見えるように開く。


 やっぱりハートマークに違いなかった。

 そして、いつものメッセージカード。

 そこには『俊さん、今日も頑張ってください』といつもと同じ応援のメッセージが書かれていた。



「あれっ、いつもと何か違う?」



 どこか違和感を感じてじっくりとメッセージカードを眺めていた。

 ただ、それでも違う部分がわからなかった。



「どうかしたのですか?」

「いや、何かいつもと違うような――って、渡井か」

「はい、私ですよ。それよりも何か険しい表情をされていたみたいですけど……」

「いや、たいしたことじゃないよ」

「そうですか? それより俊先輩、お弁当食べないのですか?」

「いや、まぁな……」



 さすがに堂々と人前で食べるのは恥ずかしい。

 でも、残して帰ると楓が悲しむかもしれない。

 そう考えると食べる以外の手段がないようだ。


 仕方ないなと改めて弁当箱の蓋を開ける。

 すると、渡井がのぞき込んできて、声を漏らす。



「うわぁ……、俊先輩、愛されてますね……」



 ニヤニヤと笑みを浮かべてくる。



「えっと、そのお弁当って岸野先輩が自分で作られてるんですよね……?」

「そんなわけないでしょ。これはどう見ても俊先輩の恋人が作ったものですよ。ねっ、俊先輩」



 渡井が相変わらず笑みを浮かべながら山北に教える。

 すると、山北が驚きの表情を浮かべる。



「えっ、岸野先輩に恋人が!? ま、まさか……」

「……いや、それはちが――」

「もう、俊先輩は恥ずかしがり屋さんですね。あっ、そうだ、そんなに恥ずかしいのだったら代わりに私が食べてあげましょうか?」

「いや、俺が食うよ」



 渡井にそう告げると弁当を食べ始める。

 相変わらず味は絶妙で手が止まらない。


 そして、気がついたときには中身が完全になくなっていた。



「では、俊先輩、その恋人さんのことを詳しく教えて貰っても良いですか?」

「ぼ、僕も聞きたいです。どうやって岸野先輩に恋人ができたのかを……」

「いや、だからまだ恋人じゃないって言っているだろう」

「……まだ?」



 その言葉を聞いて渡井はニヤリと微笑む。

 しまった、失言をしてしまったようだ。



「いや、それよりもそろそろ仕事の時間だ、戻るぞ……」



 さっさと話題を変えた方が良いと二人に告げる。

 すると不満そうな表情を渡井は浮かべていた。

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