第42話

 それから俺は病院をあとにした。

 以外と色々な騒動があったからか、部屋に戻ってくると既に時刻は夕方を回っていた。

 そして、俺は冷蔵庫の中を見てみる。



「美澄の作り置きは……あと二日分か」



 さすがに何日かはコンビニに買いにいかないといけないな。

 少し寂しく思いながら作り置きの一つを取り出して、レンジで温めた後に食べ始める。


 ただ、やっぱり味気なく感じてしまう。


 味は確かに美味しいのだけど、何かが足りない。


 ……理由はわかっているのだけどな。


 最近目の前にいたはずの楓がいない。

 これが味気なく感じてしまう理由だ。


 そのうち帰ってきてくれるとわかっていても少し心配になってしまう。


 今日、告白できなかったのが痛い。

 一度失敗してしまった以上、次にするにはもっと勇気がいる。


 本当に次に告白することができるのだろうか?


 そんな不安も一人でいると襲ってきてしまう。

 とりあえず今は考えていても仕方ないか。

 食い終わったらもう寝てしまうか。


 時間はまだ早いながらも俺はさっさと眠りについてしまった。



 ◇



 翌朝、やはり気持ちが乗らない状況のまま会社に行く準備をしていた。

 朝に楓が朝食を作ってくれる様子……。それを見なかったらどうにも調子が上がらない。


 もうすっかり楓がいない生活が考えられなくなっているようだ。



「はぁ……、取りあえず会社に行くか……」



 気持ちが乗らない状態で俺は部屋を出て行く。

 するとそのタイミングでスマホが振動し出す。


 ただ、すぐに止んでいた。



「こんな時間にメールか?」



 早速スマホを取り出して見てみる。

 すると宛名は楓からだった。



『岸野さん、お仕事頑張ってください』



 相変わらず楓のメールは短いな……。

 俺は思わず頬を綻ばせていた。

 ただ、さっきまでのやる気のない気分が一瞬で吹き飛び、思わずスキップしたくなってくる。



「よし、今日も一日頑張ろう!」



 俺は楓に『行ってくるよ』と送り返すと改めて会社に向かって歩き出していた。



 ◇



「あっ、岸野先輩、昨日は突然どうされたのですか?」



 会社に着くと山北が心配そうに聞いてくる。



「いや、たいしたことじゃないんだけどな。ちょっと病院に用ができて行ってきただけだ」

「もしかして、何かご病気でも?」

「いや、俺じゃないから心配しなくて良いよ」

「……?」



 事情が把握できない山北が首を傾げていた。

 ただ、俺は黙々と仕事を進めていった。



 ◇



 そして、昼食。

 俺は珍しく食堂で注文をしていた。



「……!? ど、どうしたのですか? 今日はお弁当じゃないのですね」

「あぁ、まぁたまにはな」

「で、でも、最近ずっと作られてましたよね?」

「そうだな……」

「もしかして、一昨日のことが原因ですか?」

「いや、それは関係ないな……」



 どっちかといえば楓が原因なだけだから……。

 いや、楓が出て行ったのも一昨日だからそれが原因とも言えなくないのか?


 ただ、山北が言っているのは渡井のことだろうから――。


 少し悩んでいると後ろから目を隠される。



「だーれだ?」

「……」



 こんなことをしてくるのは渡井しかいない。

 ただ、以前と何も変わらない態度で接してくることに違和感しかなかった。



「な、何か言ってくださいよ、俊先輩……」



 さすがに空元気という部分もあったのだろう。

 渡井が不安げに言ってくる。



「何だ、渡井か……」

「あーっ、もしかして本当に気づいてなかったの? それだと少し傷つくよ……」

「そんなことないだろう。一瞬こんな幼稚なことをするやつだったかと困惑してしまっただけだ」

「それはそれでひどいですよー!」



 頬を膨らませて拗ねる渡井。

 その表情は今までのものと何ら変わりないものであった。



「渡井はそれでいいのか?」



 思わず聞かずにはいられなかった。

 ただ、渡井は笑みを見せながら答えてくる。



「えぇ、いつか先輩を後悔させて見せますよ」



 にっこりと微笑んでくる。



「だからこれからもよろしくお願いしますね、俊先輩」

「あぁ、よろしく頼むよ」

「それで今日はお弁当じゃないんですね……。あのお弁当を作っていたのが俊先輩の好きな方だったのですね……」



 山北に聞こえないように配慮してくれたのか、小声で渡井が呟いてくる。



「どうして……?」

「だって、俊先輩が一朝一夕であんな料理を作れるようになるなんて思いませんよ。だからその人には勝てないなぁ……って少しは思っていたんですよ。もちろん何もせずに負ける気はなかったのですが」



 弁当一つでそこまでわかったしまうものなのだろうか?


 俺が驚いた表情を見せていると渡井が微笑みながら答えてくる。



「ふふふっ、こう見えても女の勘は鋭いんですよ。だから俊先輩もその彼女さんに余計な誤解を与えないように注意してくださいね」

「あぁ、わかったよ。……ありがとうな、渡井」

「いいえ、私は何もしていないですよ……。それよりもご飯、冷めてしまいますよ。一緒に食べましょ!」



 渡井が隣に座ってくる。

 そして、二人と楽しい食事を過ごすことができた。

 これも渡井のおかげだな。


 食事を終えると渡井に対して小声で呟く。



「ありがとうな、渡井」



 再度お礼を言っていた。

 もし楓と出会うことがなかったら渡井との結果もまた違ったものになっていたかもしれないからな……。

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