第34話
「いつもそうやって食事をしてるの?」
母さんが嬉しそうに聞いてくる。
「えっと……。そう、ですね」
楓が恥ずかしそうに頷く。
「そうなんだ。それならもう付き合ってるのも同然だね!」
ハルが更に追撃をかけてくる。
「こらっ、ハル。美澄はお客さんなんだからあまり困らせるようなことを言うなよ」
楓が俯きながら顔を赤く染めていた。
「そうね、美澄さんなら私はいつでも歓迎しますよ。ぜひうちの俊をよろしくお願いしますね」
母さんが頭を下げてくると楓も慌てて頭を下げる。
「いえ、私の方こそいつも岸野さんにはお世話になりっぱなしで……。こちらこそよろしくお願いします」
「それでなれ初めはどんなかんじだったのかしら?」
「え、えっと……、それは……」
楓が困った表情を見せてくる。
「もう、母さん。だからそういうのじゃないって言ってるだろう」
「……俊が邪魔ね。ハル、ちょっと俊を連れてデザートでも買ってきてくれる?」
「あっ、それなら私が――」
楓が立ち上がろうとすると母さんがそれを止める。
「いいのよ、美澄さんは……。こんなことは俊に任せたらいいのだから」
なんだか俺の扱いがひどいな……。
流石にこの状況で楓を一人で置いていくわけにはいかないな。
苦笑ながら母さんを防ごうとするが、その前にハルが俺の腕を掴んでくる。
「行くよ、俊兄。ハルは駅前にあるケーキが食べたいな」
「お、おい、ハル。俺は美澄を……」
無理やりハルに引っ張られていく。
仕方ない、これなら早く買って帰るしかないか。
◇
急いで駅前へと向かって歩く。
「俊兄、歩くの早いよー」
「流石に美澄を母さんに任せたままだとダメだろう?」
「そんなことないと思うよ? お母さん、とても嬉しそうだったし……」
たしかに母さんは終始笑顔を見せていた。
「あんな楽しそうなお母さん、久々に見たでしょ?」
「……そうだな」
「うん、だから下手なことはしないと思うの」
ハルはハルなりに考えて答えていたようだった。
まぁ、今まで碌に誰かを連れて帰ったことないもんな。
「だからね、俊兄……。ハルは――」
ハルが意味深に俺の方を振り向いてくる。
なんだか悲しそうな表情……。
それでいて決意のこもった目つきを見せてくる。
その表情を見た俺は思わず息を飲み込む。
「ハルはね……」
「……」
静かに聞かないといけない気がして、俺は言葉を詰まらせる。
すると、ハルは深呼吸をする。
そして――。
「ハルは……あれが食べたいな……」
急にハルの目が輝いて駆けだしていく。
そんなハルの様子に俺は呆然としてしまう。
今の間は一体何だったんだ?
不思議に思いながらもいつものハルに戻ったので俺は苦笑しながらその隣に移動する。
するとショーケースに並べられたケーキをハルは眺めていた。
「ふぅ……、それでどれにするんだ?」
「うん、これにするよ」
ハルはケーキの一つを指さしていた。
ハルが決めたのならここで全員分買っていっても大丈夫だろうな。
ハルの分以外は適当に注文しておく。
するとハルが思い出したように言ってくる。
「そういえば、俊兄。ハルは楓さんがお姉ちゃんになってくれて良いからね」
にっこり微笑むとハルはケーキを受け取って先に帰っていった。
「お、おい、今のは一体どういうことだ!?」
そんなハルを俺は慌てて追いかけていた。
◇
家に帰ってくると心配だった楓はなぜか母さんと爆笑していた。
「ふふふっ、おかしいでしょ。俊は昔、こんな子だったのよ」
「えぇ、今はしっかりした感じだったので新鮮でした」
「俊がしっかり? そんなことないわよ。今でもたまに見に行かないと心配で仕方ないのよ。でも、美澄さんが一緒ならこれからは安心できるわね」
「そんなことないですよ。私もまだまだ岸野さんにはお世話になりっぱなしなんですから……」
「それなら、これからはここを自分の家だと思って来てくれていいのよ。いつでも歓迎するから」
「あ、ありがとうございます」
どうやらハルの予想は当たっていたようで楓と母さんはしっかり仲良くなっているようだった。
「ねっ、ハルの言ったとおりでしょ。だからさっきのもいつかハルの言ったとおりになるからね」
ハルが軽く舌を出しながら言ってくる。
そんなハルの頭を軽く叩いた後、俺はテーブルへと向かっていく。
「あっ、岸野さん。お帰りなさい」
「あらっ、もう帰ってきてしまったの? もっとゆっくりしてくれてよかったのに」
嬉しそうに笑みを見せてくれる楓と残念そうな表情を見せてくる母さん。
「打ち解け合ったみたいだな。よかったよ」
「えぇ、岸野さんのお母さん、とてもいい人ですから」
嬉しそうにしている楓を見ていると俺も嬉しくなってくる。
「そうね、今度は二人きりで話し合いましょうね」
「はいっ」
母さんの言葉に楓が返事をする。
ただ、一体どんな話をするのかと俺は少し不安になった。
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