第33話

「やたー、これで夕食は豪華なものだ」



 ハルが嬉しそうに声を上げる。

 すると楓が立ち上がり、言う。



「私も何かお手伝いを――」

「いいのよ、美澄さんはゆっくりくつろいでおいて。ハル、あんたは手伝いなさい!」

「はーい」



 ハルと母さんが部屋を出ていく。



「いいお母さんですね……」

「うるさいだけだぞ。迷惑じゃなかったか?」

「いえ、全然平気ですよ。とっても楽しい方でしたので」



 楓は乾いた笑みを浮かべていた。



「それならいいが……、大変なら俺に言うんだぞ」

「ありがとうございます……」



 楓が微笑んでくれる。

 そして、目が合ったタイミングで扉が開く。



「そういえば、美澄さんは嫌いなものってないの?」



 その瞬間に俺は慌てて顔を背けた。

 それは楓も同じだったようで、母さんに対して苦笑しながら「何でも食べられますよ」と答えていた。



「ははっ……、それじゃあ俺たちも食堂の方へ行くか……」

「そうですね……」



 母さんが戻った後に二人して微笑み合うと応接間を出て行く。





 厨房の方で母さんがテキパキと料理を作っていた。

 それを楓は興味深そうに見ていた。



「すごいですね……。私、他の人が料理をしているところって見たことないんですよ」

「そうなのか? でも、美澄の料理はすごくうまいけど……?」

「いえ、実は全て料理本を読んだりして作ったので、完全に独学なんですよ。だからこうやって見せて貰うのは新鮮なんです」



 後ろ姿を追いかけている楓。

 するとハルがお皿を持ってきた後に言ってくる。



「それならお母さんと一緒に作ってみたらどうかな? 楓さんが一緒に作ってみたいならですけど」

「はい、ぜひお願いしたいです」



 楓が嬉しそうな表情を見せる。

 すると、ハルが一度頷くと母さんの下へと向かっていく。



「お母さん、楓さんが一緒に料理をしたいんだって」

「美澄さんはお客さんなんだからそんな気を遣わなくて良いんだよ」

「そんなことないよ。むしろ俊兄のことを考えると家庭の料理を知りたいって考えるのは普通じゃないかな?」

「うーん、そういうものかね……?」



 母さんは半信半疑だった。



「もしよかったら何ですけど、私も一緒に料理させて貰っても良いですか?」



 ただ、楓が直接頼みに行くと仕方ないなといった感じに頷いていた。

 そして、楓が食材を切っていき、母さんが料理の味付けをしていくといった感じで料理を作っていく。



「ねぇねぇ、俊兄。なんだかお母さん、嬉しそうじゃないかな?」



 ハルが隣にやってくると小声で言ってくる。

 確かに母さんの頬が緩み、料理について質問をしてくる楓に対して嬉しそうに答えていた。

 料理をする親子……というものはこんな感じなのかもしれない。



「あれっ、ハルは料理しないのか?」

「うん、もう人も立てないしハルはのんびりしているよ」



 少しニヤけながらハルは席についてテーブルに頬を着けていた。





「岸野さん、お待たせしました。私が色々聞いて時間がかかってしまって申し訳ありません」



 楓が持ってきたのは大きな鍋だった。

 こういう他人が来たときは大抵すき焼きをすることになっていた。


 あらかじめ、ハルがコンロを用意していたことと、嬉しそうにしているハルの表情を見ていると今日もそうなのだとおおよそ察することができた。



「いや、俺は気にしてないよ」

「お、お母さん、聞いた!? 俊兄が優しいよ?」

「うんうん、仲が良いね……」



 ハルと母さんが冷やかしてくる。

 それを聞いて楓は恥ずかしそうに頬を染めていた。



「全く……。二人のことは気にしなくて良いからな」

「……はいっ」



 少ししおらしく小さく頷いてくる。

 そして、鍋をテーブルの中央に置くと俺の隣に楓が座り、母さん達と向かい合うように座る。



「それじゃあ先に食べてしまいましょうか?」

「父さんを待たなくて良いのか?」

「いいわよ、せっかく一緒に作ったものが冷めてしまったら勿体ないでしょ? それに美澄さんもきてくれていることだから」

「えっと、私は待っていても良いんですよ?」



 楓が遠慮しながら言ってくる。



「いいわよ、それよりも早く食べましょう」

「うん、いっただーきまーす!」



 ハルが笑みを浮かべながら手を合わせてくると、俺たちも遅れて両手を合わせる。



「あっ、岸野さんの分は私が取ってあげますよ」

「ありがとう……」



 いつものようにさっと俺の皿を手に取るとそのまますき焼きをよそってくれる。

 するとハル達がぽっかりと口を開けていた。



「えっと……、本当に俊兄達……付き合ってないんだよね?」

「むしろ新婚のほうが――」



 ハルと母さんがひそひそと話し合う。

 すると楓は恥ずかしそうに顔を染めるが、それでも俺の皿に料理を入れるのだけは忘れなかった。

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