第30話

「それで、無事だった荷物は……」

「この鞄だけなんですよ。あとはもう使えそうになくて――」



 まぁ水に濡れたのなら仕方ないだろう。

 それに何の配管が故障したのかは聞いていないわけだしな。



「とりあえず着替えくらいは……」

「明日コインランドリーに行ってきます……」



 どうやら今すぐに着られるものはないようだった。



「それなら俺の洗濯機を使ってくれていいぞ。ただ、すぐには着替えられないからな……」



 でも、今の楓は学校から帰ってきて、そのままの制服姿だった。

 流石にこのまま眠るわけにはいかないだろう。


 でも別の着替えがあるかと言われたらない訳だし……。



「えっと、その……。岸野さんの服を何かお借りしてもよろしいでしょうか?」



 楓がもぞもぞと不安そうに聞いてくる。

 まぁ、それしかないよな……。



「あぁ、それは構わないけど、楓が着られそうなサイズのものは……」

「ただのシャツで構いませんので……」



 一応タンスから服を探し出す。

 楓に渡すのだからなるべくシワもない綺麗なものを取り出す。

 一枚じゃ足りないかもしれないと、複数取り出して、あとは楓に決めてもらうようにしよう。



「とりあえず先に銭湯へ行ってきますね」

「一応俺が入った後になるが風呂も沸いてるけど、まぁ銭湯の方が良いよな」



 男の部屋で風呂になんて入りたくないよな。

 俺は苦笑を浮かべるが、楓は少し考えている様子だった。



「そう……ですね。その方が変にお金を使いませんもんね。では、お借りしてもよろしいですか?」



 まさかの回答に俺は少し驚いてしまう。



「本当に良いのか?」

「何か悪い理由でもあるのですか?」

「いや、美澄がそれでいいのなら俺は良いが――」

「……わかってますよ。私も少し恥ずかしいですから」



 楓が小声で呟くと浴室へと向かっていった。

 その間に俺は部屋をかたづけることにする。


 とりあえず、楓にベッドを使って貰うとして……、俺は前みたいに床だな。

 これなら敷き布団を一つくらい余分に買っておいた方が良いかもしれないな。


 そんなことを思いながらタオルケットの準備をしておく。





「お風呂、ありがとうございました……」



 バスタオルで髪を拭きながら楓が出てくる。

 濡れた髪と紅潮した顔を見ると俺も少しだけ鼓動が早くなる。

 あとは俺が渡したシャツ……。

 他に着替えがなかったとは言え、大きめの俺の服を着る楓。


 上の服しかなかったので少し裾の短いワンピースみたいになっている。



「とりあえず、早く服の準備はしないとな……」



 楓から目をそらしながら俺は心にそう決め込んだ。



「……岸野さんの服……」



 一方の楓は嬉しそうに微笑んでいた。





「べ、ベッドは岸野さんが使ってください!」

「いや、床で寝るなら俺が寝るから……」

「そ、そんなわけにはいかないです。私が無理に押し掛けたのですから」



 楓が口を尖らせながらいってくる。



「でも、俺だけベッドで眠るなんてできるはずないだろう」

「そうです。それなら――」



 楓は何か思いついたようでガサゴソと準備を始めていた。


 そして、部屋に置かれていたテーブルとかが片付けられ、床にはベッドに引かれていた敷き布団が敷かれる。



「これなら二人横で寝ても問題ないですね」



 楓が微笑んでくる。

 いや、これならベッドで寝ても変わらないんじゃないのか?


 そんな疑問が浮かぶが、楓は首を横に振っていた。



「一緒のベッドで寝るなんてそんなこと、恥ずかしくてできないですよ!」



 顔を真っ赤にして言ってくる。

 ただ、ベッドはダメでも床で一緒に寝るのは良いのか?


 そんな疑問が浮かんだが、楓が嬉しそうに微笑んでいるのでそこは気にしないようにしておく。



「それにしても、朝にこの部屋使っていいって言ってもらったところなのに、一緒に暮らすことになるなんて思わなかったですね」



 楓が横になると俺の方を向くと嬉しそうに話しかけてくる。

 俺も同じように横になるが、緊張してなかなか眠りにつけなかった。


 しばらくすると楓の方からすやすやと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。


 楓の方は何とも思っていないようだな。

 俺一人悩んでいるのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。



「明日も早いからな。俺も寝るか……」



 このまま寝られないかと思ったが、意外と目を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。

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