第21話

 七夕の一件以来、特に何も変わったことなく毎日を過ごしていた。

 勉強をしなくなってからも楓は俺の部屋で涼んでいた。



「何もしなくて大丈夫なのか?」

「もうテスト終わりましたから……」



 暑さから何もしたくないのか、楓は机に顔をつけてボーッとしていた。

 前までならこんな姿の楓は見られるとは思わなかった。



「どこにも出かけないのか?」

「こんな暑い中、出かけたら倒れてしまいますよー」



 確かに楓が言わんとしていることもよくわかる。

 外の気温は三十度を超え、じりじりと照らしてくる太陽が憎たらしくなってくるほどだった。



「でも、こんなところで何もしないで見ているだけって言うのも暇じゃないか?」

「……他にできることもありませんから」

「まぁ、動かずに部屋で出来ることなんてトランプしか思いつかないもんな」

「……それでいいです。やりませんか?」



 今日はやけにぐうたらしてる楓だな。

 珍しいなと思いながら俺はこの部屋の中で唯一ある古いトランプを取り出していた。



「ただ、二人でするものはあまりなくないか?」

「……ポーカーとかはどうでしょうか?」

「何か賭けてやるのか?」

「いえ、ただ役で勝負するだけです。でも、最終的に一番勝った人が何でも好きなことをしてもらえる……というのもいいかもしれませんね」



 楓がぽつりと呟く。

 なるほど、それはそれで楽しめるかもしれないな。



「よし、良いぞ。その勝負、乗った! でも、それだと絶対勝負をしないといけないな。少しくらい駆け引きが欲しいかもしれない」



 弱いカードでも相手に強いと思わせて降りさせる。

 そんなルールがあれば……。



「では、こうしましょうか。負けるとマイナス二点。降りるとマイナス一点。勝った場合はプラス二点とかはどうでしょうか?」



 なるほど、ポイントに差を付けるのか。

 これなら賭けをせずに少しなら駆け引きを楽しめるか。


「それでいいぞ」

「では私がトランプを配りますね」



 楓がカードをシャッフルして俺の所に五枚、自分の所に五枚置く。



「では、好きな枚数を一回だけ交換して下さいね」



 楓に言われてから俺はカードを開く。


♡Q、♡J、♤J、♤7、♧7


 すでに俺の手札は同じカードが二枚の組み合わせが二つできあがっていた。

 最初でツーペアか。さすがにこれは一勝もらったな。


 にやりと微笑み、楓の方を見てみると彼女も小さく微笑みを浮かべていた。

 相当良いカードが入ったようだ。


 ただ、俺の手札を考えると取る手は一つしかない。


 Qを捨ててフルハウス(同じカード三枚のスリーカードとワンペアの組み合わせ)を狙うしかない。


 俺はQのカードを裏向けに捨てて、カードを一枚もらう。


 引いたカードは――『♡2』。


 くっ、さすがにうまくはいかないか……。


 グッと口をかみしめる。



「岸野さんは一枚ですか。では私も一枚交換させていただきますね」



 楓も同じように一枚場に捨てて新しく引いていた。

 そして、彼女も目当てのカードが来なかったのか、残念そうな表情を見せていた。



「どうする? 降りたいのなら今のうちだぞ?」

「いえ、私は大丈夫です。それよりも岸野さんはどうですか?」



 最後の一枚はお目当てのカードじゃなかったみたいだが、それでも勝負にくるということは……、俺と同じツーペアか。

 それならばカードの数字が大きいペアがある方が勝つのだが――。



 俺の数字はJか……。

 勝負をするには弱いか?



 少し気持ちが降りの方へと傾き始めていた。

 ただ、冷静に考える。



 もしかすると楓はブラフをしてきているのかもしれない。

 そもそも俺が一枚だったから楓も一枚……なんてできすぎじゃないだろうか?



 真剣に考えるが、楓が何を考えているのか読み切ることが出来なかった。



 仕方ない。ここは勝負するしかないな。



「よし、俺はこのまま勝負だ」

「では私も――」



 お互いがカードを見せ合う。


♡2、♡J、♤J、♤7、♧7

♢10、♢J、♤Q、♤K、♡A



「えっ?」



 楓のカードはストレート?

 う、嘘だろ!?

 ど、どうして……。最後の引きは目当てのものが来なかったんじゃないのか?


 困惑しながら楓の方を見ると彼女はしてやったりと言った感じに小さく舌を出していた。



「岸野さん、騙されましたね。それじゃあ私が二点で岸野さんはマイナス二点です」



 にっこりと微笑みながら紙に数字を書いていく楓。

 まさか、楓がここまで強いなんて……。


 い、いや、今のはたまたま相手の引きがよかっただけだ。

 読み合いなら負けるはずがない。



「では、次の勝負に行きますか?」

「もちろんだ!」

「でも……、そうですね。一度使ったカードは除いてしていきましょうか。その方が面白そうですから」

「あぁ、それでかまわないぞ」



 俺の言葉を聞いて楓はにっこりと微笑むと再びカードを五枚ずつ配っていった。

 えっと、俺のカードは――。



♡4、♧3、♧4、♧5、♧6



 あれっ、これって勝てるんじゃないか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る