第19話

 楓が風邪をひいてからなんだか、彼女の様子がおかしい気がした。

 態度は今まで素っ気ないものだったが、なんだか距離が近い……というか、気がつくと直ぐそばにいるような気がした。



「どうかされましたか?」



 いつものようにご飯をよそぎながら聞いてくる。


 やはり、いつも通りだよな?


 首を傾げながら言う。



「いや、なんでもない」

「そうですか……」



 茶碗を渡しながら呟く楓。


 するとふと思い出したかのように聞いてくる。



「岸野さんは今日はどのくらいに戻ってこられますか?」

「いや、残業がないといつもと同じくらいだとは思うが……」

「そうですか……」



 いつもなら聞かれないその言葉に違和感を覚える。



「もしかして、今日は何かあったのか?」

「いえ、出来るだけ出来立てのご飯を準備したいなと思っただけです。他意はありませんので……」



 直ぐにそっぽを向いてしまう。

 その顔はどこか赤く染まっていた。



「大丈夫か? まだ風邪が完全に治ってないんじゃ……」

「いえ、もう大丈夫です!」



 少し拗ねた様子の楓は俺の向かいに座ると一緒に朝食を食べ始める。


 ◇


 結局楓はすぐにいつもの調子を取り戻していた。

 顔色も戻っていたようなので、どうやら俺の気のせいだったようだ。


 そうなるとあの時顔が赤かったのはどうしてだろう?


 一つだけ考えられる可能性はあるが、ただのお隣さんにそんな感情を抱くはずがない。

 それに歳も離れてるわけだし……と自分から否定する。


 そんなモヤモヤとした気持ちを抱きながら俺は会社へと出向いていた。



「岸野先輩、どうかしましたか?」



 会社に着くと早速山北が聞いてくる。



「いや、なんでも……」



 話を終わらせようとするが、ふと思いとどまった。


 こう言う話なら山北は何度も経験してるはず。

 うまく聞くことができたら楓がどういう状態なのか知ることができるかもしれない。



「山北に少し聞きたいことがあるんだが、時間いいか?」

「もちろんですよ。どうかされましたか?」



 俺は今朝あった出来事を楓だと言うことを伏せながら話してみる。

 すると山北は少し考えた結果、口に出す。



「その相手、確実に岸野先輩のことが好きですね。本人が気づいてるかどうかはともかく……」

「やっぱり……そうなのか?」



 自分の中では否定したい気持ちがあったが、こうもはっきり言われてしまっては俺自身もどうするか考えていかないといけないな。



「どうかしたのですか?」



 山北と話しながら悩んでいるときに背中から渡井が話しかけてくる。



「岸野先輩に春が訪れたんですよ」

「えっ、う、嘘ですよね!? き、俊先輩にそんな……」



 渡井が信じられなさそうに俺のことを見てくる。



「だ、だって今までそんな人は……。い、いつから付き合ったんですか!?」

「いや、別に付き合ってるとかそんなんじゃないぞ?」

「ど、どう言うことなんですか?」

「あぁ、岸野先輩のことが好きな人がいるらしい――」



 山北が説明しようとすると渡井が慌てて彼の口を押さえて、少し離れた位置まで引っ張っていく。



 ◇



「ど、どう言うこと! も、もしかして私のことが俊先輩にバレたとか?」

「……と言うことはさっきの話って渡井のことだったのか!? 朝食を作りに行ったとか風邪をひいたとか……」

「えっと……、確かに朝ごはんのおかずは渡しに行ったことがあるし、最近風邪をひいたことはないけど……」

「なんかそのときに顔が赤くなっていたとか……」

「か、隠してたつもりなのに……」



 渡井が顔を赤く染める。

 それを見た山北は概ね察したようで、渡井の肩を軽く叩く。



「大丈夫だ、そのおかげで岸野先輩も意識し始めたみたいだからな」

「ほ、本当に!?」

「あぁ、岸野先輩がそう言ってたからな」



 ◇



 相変わらずあの二人は仲がいいな。


 俺は遠目で何か話し合ってる山北と渡井を見て微笑ましく思っていた。

 渡井も直接山北と話し合えてるからか、恥ずかしそうにしているし、意外とお似合いなんだよな……。


 心の中で二人のことを応援する。


 そして、改めて俺の方もこれからどう楓と接していけばいいか考えていく。

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