第14話

 翌朝、会社にやってくると山北と渡井が何かを話し合っていた。



「どうかしたのか?」

「岸野先輩、おはようございます。実は休みに岸野先輩と会ったことを話していたんですよ」



 そういえば山北とも会っていたな。



「どっちかといえば妹さんの話かな?」



 ハルか……。



「ハルちゃん、可愛らしい子でしたよね?」

「いや、あの子はどっちかといえば綺麗な子だと思うぞ?」



 なるほど、概ね理解した。

 山北がハルだと思ってる子は楓ということだ。

 それなら全く意見が合うはずないわけだ。



「まぁ、感じ方は人それぞれ……なんじゃないか?」



 席に着きながら俺は苦笑する。



「それよりも渡井、昨日はありがとうな。ついでとはいえ助かったよ」

「い、いえ、どういたしまして……」

「昨日? 岸野先輩、昨日渡井とあったのですか?」

「……? あぁ、山北もあっただろう? おかずを作ってきて――」



「そ、それよりもそろそろ暑くなってきましたね。俊先輩はお盆ってどこか行くのですか?」

「いや、いつも通りなら何もしないな」



 わざわざ暑い中、どこかに出かけるなんてしたくない。

 それなら涼しい部屋の中でのんびりゴロゴロしていたい。



「僕は毎年海へ行きますねこう見えても泳ぐの得意なんですよ」



 こう見えて……も何も運動全般出来そうな雰囲気があるからな。山北は。



「私はどうしようかな? 遠出しようかなと思ってたんですけど、俊先輩がいるのなら私も……」



「いやいや、俺は本当に部屋で寝転がってるだけだから、せっかくの休みなんだし遊んでくるといいぞ」



 渡井にそう言いながら、そういえば楓の夏の予定はどうなんだろうと疑問に思った。



 ◇


「えっ、夏の予定……ですか?」



 その日の晩に楓に確認をしてみる。

 すると彼女はあっさりと答える。



「夏は短期のアルバイトを色々しようと思ってます。稼ぎどきになりますので」

「そっか……、美澄は金を稼がないといけないんだもんな」

「はい、特に長期休みのうちに稼げるだけ稼がないと学費の支払いが大変になりますから」


「そうだな。頑張れよ。あと、しんどい時とかは無理に来なくてもいいからな」



 夏になると何もしたくなくなる時も出てくる。

 特にいきなりバイトを増やしたりしたらなおさらだろう。



「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから……」



 一度言い出した楓はなかなか意見を変えてくれない。

 ただ、楓に何か体調の変化がありそうなら俺が気づくしかなさそうだな。



「それに私が倒れてしまったとかになって、それが家に連絡がいってしまうと余計大変なことになりそうですから……」



 楓が顔を伏せてくる。

 たしかにその方が大変なことになりそうだ。



「その時は俺も力を貸すよ」

「どうやってですか?」

「えっと、そうだな……」



 少し考えてみるがいい解決法が思いつかない。

 するとそんな俺の様子を見て、楓はクスクスと笑いだした。



「その時は告白でもプロポーズでもして、無理やり連れてきてくださいね」



 楓のその言葉に俺は言葉を詰まらせる。



「えっと、それって……?」

「それくらいしてくださいねってことですよ。別にそんなことになるつもりもないですから大丈夫ですよ」



 平然とした様子で言ってくる楓。

 逆に動揺した俺が馬鹿みたいだった。



「一応そんなことにならないように体調管理してますからね。万が一にも迷惑はかけませんよ」

「あぁ、そうだな。どちらかといえば俺が気をつけないといけないよな」

「そうですよ」



 楓にたしなめられてしまう。



「それと本格的に学校で私が岸野さんと付き合っているという話が広まってました」

「美澄はそれでよかったのか? いざ彼氏を作りたくなった時に困らないか?」

「そんなつもりは更々ないので大丈夫ですよ。むしろ余計なことがなくなって助かってます」

「余計なこと?」

「えぇ、嫌がらせとか色々あったんですよ。私が告白を全て断っているせいで『調子に乗ってる』とか『高く止まってる』とかでいっときは大変でした」



 昔を思い出して、楓がしみじみと言ってくる。



「そんなものも全てなくなってくれたので私としてもプラスでした。でも岸野さんにはご迷惑をおかけしてしまうかもしれないです。申し訳ありません」

「いや、俺もこんな風に家事を手伝ってもらってるからな」



 なんだかんだでお互い依存しあってるのかもしれないな。



「とにかくこれからもよろしくお願いしますね」

「あぁ……よろしく頼むよ」

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