第13話

 それからハルは疑心暗鬼気味に楓のことを眺めていた。



「えっと、どうかしましたか?」



 流石にやりづらそうに楓が聞く。



「いえ、ハルのことはお気づかいなく……」

「いや、それは気になるだろ!」



 俺は軽くハルの頭を小突いていた。



「いたっ。俊兄、痛いよ……」



 小突かれたハルは頭を抑えていた。



「おかしいことはするな」

「だ、だって……」

「いえ、私は気にしていませんよ。それよりも何かあったのですか? もしかして料理がお口に合わなかったとか……」



 楓は少し心配そうにしていた。



「ううん、とっても美味しかったよ」

「……それなら良かったです」



 安心する楓。

 それを見てハルは頷いていた。



「いい人そうだし、気にする必要はないかな……」



 ポツリと呟くと笑顔で残りのすき焼きを食べていった。



「あっ、ハル! 肉ばかり食うなよ!」

「早い者勝ちだよ」

「まだたくさんあるから気にしなくて大丈夫ですよ……」



 呆れ顔を浮かべる楓に見られながら俺たちは肉の争いを続けていくのだった。


 ◇


 食事を終えるとハルがウトウトとし始める。



「眠いのか?」

「んっ、だいじょーぶ……」



 口ではそう言いながらも目は完全に閉じている。

 そういえば朝も早くから来てたもんな。まだ八時なんだけど……

 そんなハルの様子に俺は苦笑する。



「明日から学校があるんじゃないのか?」

「しゅんにいが連れて行ってくれるからだいじょーぶー」

「いやいや、そんな時間はないぞ! もう、仕方ないな……」



 後片付けをしてくれている楓に言う。



「すまないがハルを連れて帰ってくる。一時間もしないうちに帰ってこれるが、美澄はどうする?」

「私は後片付けをしていますから行ってきてください」

「ありがとう」



 楓にそれだけ伝えると俺はハルを背負って実家へと帰っていく。


 今のアパートから歩いて十数分……。

 そこまで遠くない距離に俺の実家がある。


 それなら実家暮らしでも良いんじゃないかと言われるが、何かにつけて口を挟まれることにうんざりして俺は一人暮らしを始めていた。



「うーん……」



 背中でハルが心地よさそうに寝息を立てている。

 それを苦笑しながらしばらく歩いて行くと背中でハルがもぞもぞと動いていた。



「起きたか?」

「うーん……、あれっ、ここは?」

「今家へと送っているところだ。重いから降りてくれると助かるが」

「んっしょ……」



 ハルがその場に降りる。

 ただ、寝起きのせいもあって、一瞬ふらついていた。

 それを抱き留める。



「大丈夫か?」

「うん、平気だよ……」



 ようやく普通に立ってくれる。



「それで今日はどうしてきたんだ? 家事の手伝いとは別の理由があったんじゃないのか?」

「あ、あははっ……、やっぱりわかっちゃった?」

「あぁ、お前は一日中俺の交友相手を精査しているように見えたからな」

「うん、お母さんが言うには俊兄もそろそろいい年なんだから結婚しないとって言ってたの。それで相手になりそうな人がいないならお見合いも考えないとって……」

「はぁ……、まだそんなことを言ってるのか」

「うん、でも安心したよ。もう俊兄は心配する必要がないもんね。渡井さんと美澄さん……、どっちがお姉ちゃんになっても私は歓迎するよ」

「……あのな、俺にそんな気は」



 それに相手にもその気はないはずだ。

 特に美澄はただご飯を作ってくれるだけだし……。


 ……。

 いや、一人暮らしの男の部屋に家事の手伝いをしに来てくれる……っていったら恋人に思えても仕方ないな。


 事実、ハルも勘違いしているようだし――。



「美澄さんのご飯、おいしかったね……。俊兄の家に行ったらいつでもあのご飯が食べられるのか……」

「いや、美澄がいつも作ってくれるとは限らないぞ」

「えー、でも、作り置きしてくれてるんでしょ?」



 あの作り置きが楓の作ったもの……ということもわかったのか。



「お母さんにはうまく伝えておくから任せてね!」



 ハルはにっこり微笑む。

 そして、二人で実家へと帰っていく。



 実家に帰ると歓迎ムードを見せていた両親だったが、家に美澄を待たせていることもあり、俺はすぐに出てくる。


 そして、家に帰ると楓が部屋の中心で座っていた。



「すまない、待たせてしまったな」

「いえ、気にしていませんよ。ただ、あれからしっかり掃除もされているのですね。するところがなかったです」

「あぁ、一応美澄が毎日来てくれているからな。さすがに汚いところにつれて入れるのは申し訳ない気がして……」

「……それならよかったです。掃除はした方が良いですから。では、私も失礼しますね」



 それだけ言うと楓は立ち上がる。



「あっ、一応朝用の作り置きもしておきましたので、私が来られないときには食べておいてくださいね」

「あ、あぁ……。なんだかそこまでしてもらって申し訳ないな」

「いえ、食費を出してもらってるんですからこのくらいやりますよ」



 にっこりと微笑んだ後、楓は出て行った。


 そのあと、俺は冷蔵庫を開いてみると今まではろくな材料が入っていなかったのだが、今ではたくさんのタッパが入れられており、まるで自分の冷蔵庫ではないみたいだった。


 しかも、そのどれもにちょっとしたメモが添えられている。



『これは早めに食べてください』

『得意料理です』

『ちょっと失敗したかも。口に合わなかったら捨ててください』



 とか……。

 なるほどな。こんなものを見たらますますハルが勘違いするわけだ……。

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