スキットバーナー

エリー.ファー

スキットバーナー

 もしも、この病室から出られるとしたら、自分の生き方をどのようにとらえるか。

 正解はない。

 見渡す限りの問題提起の渦の中に放り出されたい。

 病室から見える景色は白ばかりで慣れてしまった。

 不自由さからくる、不思議な感覚はいずれ消えてしまうだろう。

 だから、今だけなのだ。

 この病に侵された体のままここにいたい。

 現実を見なくとも、ただ生きているだけで病と闘っていると言って貰えて、褒めてもらえていた状態がどれだ価値があったのかと気が付くはずである。

 それまでなのだ。

 ただ、それまでのこと。

 立ち上がる気力さえ湧かなかった十二年前と比べて今は、気力も体力も上がってきている。ベッドから降りて病院内を歩き、中庭で草木のスケッチも行えた。

 私は元の私になりつつある。

 不安ではあるが。

 自分にではなく、社会に対してである。

 私の知る、社会、常識、世界というものは、十二年前で止まってしまっているのである。これはかなり危険だと言えるだろう。外に出て、そのギャップに打ちひしがれることなどここから幾らでも起きるはずだ。

 私は。

 私は。

 そこに順応できるのだろうか。

 悩み、苦しみ、今度は身体的な部分ではなく、精神的な部分で何か問題が生まれてしまうのではないだろうか。それだけが不安であり、この場所に居続ける理由になっている。

 皆。

 優しいのだ。

 優しいから甘えてしまう。

 甘えてしまうから、遠くになってしまった時に、その時に自分がいかに、他者依存していたかどうかが分かってしまう。そのことの衝撃がどれほどの者なのかを知りたいのだ。

 当然。

 なのだが。

 それは社会に出て見なければ分からないという答えに帰結するわけだが、だとしても体を慣らしておきたい。

「社会に順応できるか怖いんです。かといってここに逃げ続けていたいとも思えない。」

 本当ですか。

「はい。」

 医者ではなく、自分にそのように質問をする。

 自問自答を何度も繰り返し、また外を見る。

 天気は晴れだった。

「今日はご夕食は何に致しましょう。」

 ナースがやって来ていた。

 顔を向けることなく、軽く頷く。

「ここはどこなのか、今一度確認したいんだ。」

「ここは、ラパナフ沖でございます。」

「海の上は、揺れるけれど、とても静かだ。」

「全くでございます。」

「外は、どうだい。」

「いつも通りです。」

「そうじゃあないんだ。何か情報が欲しいんだよ。」

「また、世界の陸地の二十二パーセントが水没致しました。水没する速度が年々上がっておりますので、このペースですと、十年以内に、地球の陸地はすべて。」

「水没するだろうね。」

「はい。」

「夕食は魚にしよう。」

「承知いたしました。何の魚がよろしいですか。」

「それは、これから決める。釣りの道具を用意してくれないか。私が自分の食べる分は釣ることにするよ。」

「よろしいのですか。」

「釣りはそんなに危険かい。」

 たぶん、今頃、釣り糸をたらす、ラウパフウェがいるだろう。

 使用人のくせに、とても生意気で頭のきれるラウパフウェ。

 少し話してみたくなった。

 あの男だったら。

 何の忖度もなく、僕が社会で生きていけるかを教えてくれるだろう。

「ラウパフウェの隣で釣りをさせてくれ。」

「ご主人様と私以外五年ほど前に、皆、感染病で亡くなりましたが。」

 僕は歯ぎしりをして、叫び、ベッドを叩いた。

「じゃあっ、分かってるならっ、てめぇがっ、ラウパフウェの真似でもなんでもしろよっ、何にも言わずにそれくらいっ、当たり前みたいにやれよっ、役立たずっ、死ね死ねっ、死ね死ね死ねっ。」

 船は今日も僅かに揺れている。

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