月に Shoutin’ Wolf

naka-motoo

怒鳴る音量

 歩いても歩いても歩き足りないな。

 秘めたわたしの怒りを鎮めるには月を見上げるだけじゃそれでも足りない。

 ならこうするさ。


「死んでしまえっ!」


 あら。

 わたしとしたことが。

 でも『死んじまえ』、じゃなくって『死んでしまえ』という言い回しがわたしの品格を示してるな。


 物語をスムースに始めるには冒頭での出遭いが肝要。

 今のわたしの怒鳴るヴォリュームに気圧されて、あるいは純粋にアブない奴だと認識されて大体は数メートル以上の距離を取る。

 この池袋のど真ん中であってもね。


「ねえ、アナタ」


 おっ。


「はい。何か?」

「何か、じゃないよね。何? 今の怒鳴り声」

「別に。腹が立ったから。だから怒鳴った」

「何に」

「へえ」

「何?」

「だって、『何で?』が普通の質問だから。普通じゃないね、キミも」

「わたしはアナタ、って呼んでるのに何『キミ』なんて目下みたいに言うのよ。普通じゃないのはアナタだけよ」


 わたしに声かけてることが既に普通じゃないけどね。


 綺麗な子だな。

 年は行ってて16〜18歳。高校生かな。

 背、たっかいなあ。見上げるぐらい。

 まあ大体わたしは会う人全員見上げる感じになるんだけどね。


「ねえ。こんな所でアナタと話してたらわたしの人格まで疑われるわ。どこか入らない?」

「うわ。ひどい。でも確かに歩き疲れちゃった」


 夜のファミレスは嫌いだ。

ずっと前に一度だけお母さんに連れてってもらったけど、ドリンクバーでカプチーノばっかり飲んで。泣いてたからな。お母さん。


「えっと。キミから名乗って」

「なにそれ。無礼ね。成瀬よ」

「成瀬なに。それと歳」

成瀬なるせ楠子くすこ。18歳」

「あ。やっぱり年上だったか。それに微妙な名前」

「うるさいな。ええ、周囲が思春期迎えたらさんざんからかわれたわよ。姓名つなげたらエッチな名前って。でもね父親は大真面目。歴史ファンで楠正成にあやかって楠子、ってね」

「わたしは野々瀬ののせ君代きみよ。ウチの親は神話ファン。だから楠子のことキミって呼んだのは敬意を払ってるんだ、って理解して」

「そうなんだ。で。歳は?」

「11」

「え」

「なに」

「小学生?」

「ううん」

「何言ってんの」

「小学校行ってない。両親に監禁されててずっと行ってない。戸籍もあるのかな?」

「ちょっと待って。さっきご両親が神話ファンだ、って」

「うん。だから?」

「いえ・・・まあ、たしかに監禁と関係ないみたいに感じるのはわたしの主観なのかな・・・え? でも監禁ってなに」

「虐待されてるよ。ずっと。隠れて見たテレビでこういうのを虐待って言うんだって初めて知って。だからああそうなんだ、って逃げてきた」

「え? ちょっと待って。ええと・・・こういう場合は児童相談所? それとも警察?」

「どっちもやだ」

「どうして」

「だって、あの親だったら殺さない限り誰もわたしを護れない。強い親だもん。狂ってるし」

「な・・・わたしだって護れないよ。それに仮にもあなたの親でしょ? 殺すなんて言葉使っちゃダメ」

「親がわたしに『殺す!』って怒鳴ってても?」

「えええ?」

「『死ね!』とか言いながらわたしに灰皿を投げつけても?」

「・・・わたしの家、来る?」

「うんうん! 行くっ!」

「あと二つ教えて」

「なんなりと」

「アナタ、女の子、でいいんだよね?」

「うん。ガリッと痩せてて分かりづらいけど女だよ。どうして?」

「11歳だろうとオトコを部屋に誘うほどバカじゃないわ」

「あれ? 家族は?」

「いない。わたしは施設を出て春から美容院で働いてる。一応社会人で一人暮らしよ」

「そっか。で、もう一つの質問は?」

「学校行ってない割には言葉遣いが洗練されてるわ」

「ああ。本だけは部屋にいっぱいあったから。母親がワナビ、ってやつで」

「そう。何読んでたの」

「大江健三郎」

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