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*
迎えに行くから待ってて、と凛が受け取った連絡通り、午後12時きっかりに深零は
「深零のカッコイイクルマだぁー!」
この
ウィンドウを開ける。調子の悪かった運転席側のパワーウィンドウもしっかり直っていて安心した。
「おまたせ」
「待ってないよー!ほんと時間ぴったり」
志保が発する暇を与えずに凛が一方的に遮る。
「志保、風邪大丈夫なの?」
「うんだいじょうぶ、昨日できっかり治った!」
「これに3人乗せるのはきついぞ…ちょっと待って」
ちょっと離れて、と伝えて車を学校の敷地内に入れる。
「凛だけかと思ってこっちにしちゃったんだけど」
「?」
「いやこの車、後部座席はあるけど実質ないようなもんだから…」
降車。反対側に回り込んで助手席を前に倒す。
「ここに乗ってもらう」
「荷物置きかと思ってた…」凛が呆然としながら漏らした。
「私乗るよ、凛は背が高いし」
確かに適任ではある。スーパーモデルとは言わなくとも高身長で足長の凛を911の後部座席に座らせるなど拷問にも等しい。一方の志保は小動物のようでまだ座れる。
「オーケー。じゃ座って」
「ごめんねしほ~!帰りは私が乗るからッ」
人を後部座席に押し込み、荷物を預かるとトランクに入れる。まだ此方の方が窮屈じゃないんじゃないかというのは冗談だが、そうと思わせる程スポーツカーの後部座席という座席は建前だけのもので、ある一定以上の身長の人間に基本的に人権はない。下半身を切断する為にチェーンソーを積んでおく訳にもいかない。しかし仮に切断したらゆうに入るトランク容量はある。
「出すよ」
「オーライーオーライー」
「それバックの時に言うヤツじゃん…」
学校の敷地内で堂々とエンジンをかけたままで作業している姿はいやがうえにも注目の的になる。一車線の道を挟んで中学校の北門。人の往来もそれなりに激しい環境の中で古いポルシェに人を押し込む姿は人目を引いた。
対岸とでも言うべきか、中学側の敷地から教師と思われる若い男が車の方に向かって歩いてくる。
「学校の敷地内なのでエンジンの空ぶかしはご遠慮ください」
「見慣れねー顔だな!ダレだオメー!中学の教師か!」
助手席に座る
深零は頭を抱えた。
「中学教師なんて学園の中で出世できねえヤツかクセ者かホントにガキの扱いに長けてるヤツしかいないのアタシ知ってるもんね!しかも見ない顔だ!今年入ってきたばっかのヒヨッコか!どーせ親の金で教育学部で甘やかされて育ってきたんだよ!ほら深零見てm…っておいヒヨッコ!よくそんな数学しか出来ませんみたいな顔で音楽の試験をパスしたな!」
一人で延々と喋り尽くす凛を相手に一方的に数学担当認定された教師は呆然としている。確かに凛の言う通り数学担当っぽい顔をしている。これで実際は音楽担当などと言われたら卒倒しそう。その後も凛は無敵時間を得たが如く喋り続けて相手に反論の余地すら与えなかった。
「……って分かった?だーかーら邪魔すんなッ☆」
語り尽くした凛がふう、とため息をつくと呆然とする教師を同じく中学側から来た教師が回収していった。
「あ、みっちゃん!この人タマシイ抜けちゃったからタマシイ戻してあげてね!」
壮年の教師だ…何度か見かけた事がある。名前はみっちゃん…ではないだろう。確かにこの人物であれば世界は自分が中心と思い込んでいる年頃の男女を手玉にとれそうだ。付き合いを弁えている感、即ちベテラン感を凄まじく醸し出している。
「河本!お前相変わらずだな!その口が達者なところも美人なところも全く変わってない!今度センセーとデートしない?」
「やーん、みっちゃんのエッチィ~!!手ぇ出したら通報しちゃうかんね!」
「ははっ、元気そうで何よりだ。今日は友達とお出かけかい」
「そうなのッ、こっちがみれい、後ろにいるのがしほだよ!」
志保がシートの間から顔を出してかなり大きめの声で挨拶した。車越しでも十分に聞き取れる声だった。続けて深零もどうも、と軽く会釈した。
「聞いてたけど君が守嶋くんか、すっごい異端児だってね、良く分かんないけど車とか運転しちゃうって河本チャンから聞いてるヨ」
凛の人脈の広さを垣間見る。
「あぁ…まあ…、取り合えずお名前を伺っても」
「名前はみっちゃん、というのは嘘で水谷だ。水谷かおる。これ以上話してると河本チャンから嫌われちゃいそうだからまた今度ね」
「それは残念ですが賢明かもしれません」
「聞いてた通り面白い子だ、それじゃあね。おい河本!こっちはしっかり回収しておくから!」
「みっちゃんヨロシクゥ!いー…よしッ!キャプテンみれい!オーライオーライ発車オーライ!!!」
腕を振り回す凛を横目に、深零はそれでは、と挨拶を済ますと車を出した。
道が混んでいて進まない。無性にタバコが吸いたい。
「吸っていい?」と一応は確認を取る。凛も志保も了承の意を示した。
ウィンドウを開ける。口に咥えて火を点ける。
うまい。
そもそもこの二人は深零が喫煙者な事を知っていた上で交友関係を持っている。なぜ未成年なのに堂々と口に咥えて火をつけられるのかについて疑問は多少なりともあるだろうが、二人はそうした事には言及しなかった。深零も説明が困難…というよりは無理なのでありがたかった。むしろこの光景は日常だ。
「みーれーい、吸ってみたいッ!」
「やめとき」
「いや吸ってる人ってみーんなそーいうけど、セットクリョクってものに欠けるよセットクリョクってものが」
「
「向いてないって?」
「受け付けないタイプ」
志保も「私も興味本位で深零から貰ったことあるけどダメだった…カツオブシみたいな味がした…」と付け加える。「え!?志保だけズールーいー!」と凛。それに対して「志保はまだ吸える、けど味がどうこうってタイプだから」と冷静に反論する。あれほど饒舌だった凛はしゅんとなってしまった。深零だけは天敵だ。
「こんなもん吸わなきゃ吸わないでいいの…いいから、ね」
「そーゆーなら仕方ないなぁ」
「で、今日の行き先は?」
「はーらーじゅーくー!」
「駐車料金いくら取られるんだろう…」
考えてはいけない疑問を呟いてしまったのは志保だ。
「なんとかーしてくれるッ!良く分かんないけど深零はスッゲーカネモチだからね!!」
「…」
「ダマるのはやめて☆」
決して怒った訳ではない。悪意がある訳ではない。ただ、こう奇妙な交友関係の一言で片付けられない関係性の中で、殺人の報酬で金持ちと言われるとゾッとする。まるで自分だけが放り出されるような疎外感。私の狩りは正しい…という絶対に曲がらない信念にヒビが入るような恐ろしい感覚。無論、この二人はそんな事は知らない。知る由もないのだが。
だが。
だが。彼女らが知る由もないが、もし知られたら、殺さねばなるまい。この手で。
「みれい?」
「あー大丈夫、ちょっとヤニクラしちゃった。深く吸い込みすぎただけ」
先程までの渋滞が何とやら。急に流れ出した道路に乗ってやや乱暴気味に走り出す。こうした瞬間が不意にある事をこの二人は知っていた。いつも何かしらの言い訳をする事も。そしてそれについてはタバコと同じくあまり言及しない。彼女はイレギュラーな存在で、車を運転し、タバコも吸い、恐らく酒も飲むのだろう――だが友人。いつも三人組の友人だったから。
「駐車料金ね、現金持ってないからどっかで降ろすか」
「それよりスターバックスいきたい☆」
「どっちだよ」
「原宿行くついでにスタバりたい☆」
「はあ。少しは私の財布も心配してほしい」
現実感が一気に襲い戻ってくる。絶海に放り出された直後に健康体で地上。そんな感覚。重いタバコなんかより遥かに強烈。鼓動が早くなるのを感じてセーブする。落ち着け。
「志保、志保は原宿でいいの?」
「いいよ、行きたい場所あるからー!」
「じゃ原宿にしよう」
メンテナンスから戻ってきたクレイオは極めて快調だった。よくエンジンが吹けているのが街乗りでも十分に分かった。タバコを早々に消すとハンドルを握る。
握る力がやや強くなった事を、凛は深零の手から伺った。
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