されど魔王は覇道を征け

音無 蓮 Ren Otonashi

第一章『覚醒前夜 Awaken.』

1-00『Prologue/力さえあれば』

 

 ――力さえあれば、絶対に幸せになれる。そう絶対だ。他との比較対立を超越して、きっと。


 例えば、無力な人間にとって力が備わっていないことは悪のように感じる。

 少なくとも僕は悪だと断定している。無力ゆえの犠牲を生み出した経験があるから。


 緊張感に満ち満ちた戦場に足を踏み入れた。

 夜更けの神殿には冷たく澄んだ風が吹き荒れている。

 風化した地面から砂煙が撒き立つ。目線の先、真っすぐ奥に敵の影があった。

 大理石の床にブーツの靴音が跳ねる。

 残響。音を邪魔する遮蔽物はこの場に存在しない。

 かつ、かつ。靴の裏が音を立てるたびに精神が沸き立つ。

 戦え。そして、勝て。心の奥底から圧倒的な勝利を渇望している。

 神殿の中心に立つ。握ったのは、両手剣の鞘。上段の構え。


 大丈夫。僕はもう、弱くない。強いどころじゃない、最強だ。

 何度も繰り返してきた叱咤激励を反芻する。

 圧倒的敗者だった昨日とはさらば。


 これから始まるのは覇道だ。

 ――武力と権謀にて、世を征す。

 ただそれだけの単純な、力と力のぶつかり合いの果てに在るのは勝利のみ。


 戦え。戦え、戦え――戦え。そして、勝て。


 もう、誰も亡くさないためにも、敗北の二文字は僕の仇敵となっていた。


 弱者である劣等感と羞恥心に押しつぶされそうになりながら生き永らえてきた。

 そんな日々が、報われる。


 潰えた命は元に戻らない。


 たとえ、この世界に魔術と呼ばれる奇跡じみた力が存在したとしても、命の失われた身体が新たな息吹を吹き返すことなどありえないのだ。


 たとえ、死者を蘇生させる技術が生まれたとしても、そんなものは正者のエゴだ。

 過去の遺物にしてしまえ。


 この世界に蔓延る『魔術』と呼ばれる奇跡は、死者を取り戻すことだけを許さない。

 猿知恵で運命をねじ伏せようものなら、世界は大胆に変革される。

 変貌を遂げた世界に果たして人倫は残されているのか。


 きっと、人の世から零落するに違いない。

 そんな未来を許すわけにはいかなかった。


 残された者は、大切な人を失っても明日を――日々を積み上げていかねばならない。

 自死を遂げてしまえば、そんな苦役から逃れられるのかもしれないが、生憎僕に死ぬ勇気はなかった。


 ――死ぬ勇気がなかったからこそ、強大な力を得ることができたのかもしれない。使えなかったはずの魔術が誰よりも強く放てるようになった。

 その力は、僕本来の力ではなく、現状では譲り受けただけの仮初めの力に過ぎない。

 でも、だとしても。後悔を積み重ねなくてもいいなら縋ってやる。


 借り物の力なら噛み千切って咀嚼して消化してやる。

 奪ってやる。失わないために、強くなってやる。

 ――喰らってやる。


「いい覇気よ、■■・■■■■■。どっしり構えられているところは褒めてあげる」


 トン、と背後から背中を押された。

 肩口から覗き込んだ■■の少女がふっと。柔らかい微笑を浮かべた。

 僕に力を受け渡した張本人。ある意味命の恩人かもしれない。

 酷く口が悪くて辟易してたところだが、優しげな表情が溜まった鬱憤を無に帰した。


「当然だよ。だって、今の僕は誰にも負けないから」


「ふふ。当然よ、だって■■■と■■■が選んだ立派な魔王様なんだもの。まだ、代理だけどね」


「すぐに本物になってやるさ。代理なんて言わせない」


「そしたら■■■も靡いちゃうんじゃないかな、あまり期待しないでほしいけど」


「期待していないよ。――僕はただ、」


「ええ。勝つことだけを望めばいい」


 もう一度、背中を押される。さっきよりも強い力で。

 剣を握る力を緩めた。緊張感に流されないために。


「行きなさい、――■■・■■■■■。今の貴方なら、なんだって倒せるから」


 彼の肩に刻まれた刺青のような魔方陣が戦いを待ち侘びるかのように赤黒く光を放つ。

 ――激突が、始まる。











――されど魔王は覇道を征け 第一章『覚醒前夜 Awaken.』――











 かくして、最終決戦は《流転》する。

 魔術が使えなかった劣等生は数奇な運命により人知を超える力を手に入れた。

 どうして彼が力を手に入れたのか。

 ただの劣等生が、魔王という大それた肩書を背負っているのか。





 ――――運命はとっくにねじ切れて、あらぬ方向へ仕向けられていた。

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