とまらないとまれない

蛇穴 春海

走る

何が僕をこんなに責め立てるのだろう。

何が僕をこんなに追い詰めるのだろう。

何が僕をこんなに動かしてるのだろう。

僕の中か、それとも外か。


そんな事を考えながら、僕は走り続けていた。

足の裏がじんじんと痛む。膝の皿に石でも置いていくかのようにどんどん重くなって、思わず引き摺りそうになる。それでも僕は一歩また一歩と地に足を浮かせ、そして着けていた。

ノイズのかかったひゅうひゅうという呼吸音を背負う。音が大きくになるに連れ、僕の息は荒くなっていく。どんなに苦しみ耐え走っても、道路とビル、一向に変わらない景色。いっそこのままノイローゼになって発狂し、叫びを上げて息絶えた方が良いんじゃないかとさえ思えてくる。それでも僕は走り続けていた。

決して今の状況は僕が望んで始めたものではなかった。元々身体の弱かった僕はこんなことしたくなかったのだ。


「そう。これは親のせい。親のせいなんだ」


そう決めつけてやりたかった。出来ればずっと病院で過ごしたかった僕に両親が薦めてきたんだ。

最初は僕なんかじゃ無理だと断った。それでも両親はしつこく薦めた。だから仕方なく始めたんだ。そうでもしなきゃ永遠にしつこいだろうから。

僕がよく咳き込むのも、よく入院するのも、友人が一人もいないのも、何も成し遂げられないのも、綴じ篭ったままなのも、全部両親が悪いんだ。僕がこんな思いをしてるのも全部、全部。

脚が重さに耐え切れず、ふらふらとしだした。

それがどうだ、この環境。始めは辛さのあまり肉体的にも精神的にも苦痛で何度も辞めようと思ったが、今じゃ風邪すらひかない身体と達成感を手に入れることができた。素晴らしい人達に囲まれて、友人もできた。何も出来ない僕が、何かをする為に外へ出るようになった。


「親のせい。親のせい。………いや違う」


そうだ、違うじゃないか。今走らせているのは両親じゃない。始めたのは僕自身、僕が僕の意思でやり始めたことなんだ。両親はただきっかけを作っただけ。結局は僕が望んで行ったことだ。

自分で変えることのできる事さえも全部他者のせいにして、悪いのは卑怯な逃げ方で隠れてばっかの僕じゃないか。

緩みかけた身体にぐっと力を入れ、勢いを増していく。

今の僕にならわかる。昔の僕じゃ駄目なんだ。健康な身体と大切な仲間達、そして走ることへの楽しさ。それ等を知ってしまった僕はもう、あの頃の僕へは戻れない。戻りたくない。


「戻っちゃ駄目なんだ」


先程まで重くなっていた脚が軽くなったように感じ、どんどんどんどんスピードを上げていく。心做しか、息も整ってきた。

いける。今の僕ならいける。もう何も成し遂げられない僕じゃないんだ。この距離だってきっと走り切れる。

ひたすら走り続けた。いつの間にか、追い抜く人はいなくなった。遠くの方でざわめきが聞こえる。きっと彼処がゴールだ。


何が僕をこんなに責め立てるのだろう。

何が僕をこんなに追い詰めるのだろう。

何が僕をこんなに動かしてるのだろう。

僕の中か、それとも外か。


きっかけは外だったかも知れない。けれど今こうして僕を責め立て、追い詰め、動かしているのは僕の中だ。僕のこの想いなんだ。

遠目に仲間達の姿が見えてきた。まだ声ははっきりと聞こえないけれど、大きく手を振る姿から僕を応援しているのがわかる。応援に応えるかのように心臓がどくどくと鳴り始めた。涙で前が見えない分、しっかりと地を踏み締めた。

もう僕は昔の僕には戻らない。他人のせいにする僕には戻らない。ひとりぼっちな僕には戻らない。


「成し遂げられない僕なんかには、戻らないぞ」


ゴールテープはもう見える位置にあった。あと数メートル。あと数十センチ。

僕はこれからも走り続けていく。

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