或る鳥のこと

遠野於菟

🐧

 窓硝子の割れる音で目が覚めた。


 暴力的な破壊音に叩き起こされた私が最初に取った行動は、現在時刻の確認だった。枕元の時計は四時半を示している。夜明け前の白んだ空が、六帖一間のフローリングに飛散した硝子片をぼんやりと照らし出す。重い瞼を右手でこすって、もぞもぞと身体を起こす。

 寝ぼけ眼で室内を見渡す。部屋の隅に放置していた洗濯物の山に、何か黒い塊が突き刺さっている。塊のてっぺんでパタパタと揺れる二本の突起物はよく見ると鳥の脚である。黒い塊の正体はどうやら天地逆になった鳥の下半身であるらしい。

 塊はしばらく藻掻くように動いて、どうにか洗濯物から抜け出した。自由を取り戻した鳥は二本の脚で器用に直立した。背丈は一メートル弱。頭頂部と腹部の羽毛は白く、それ以外の部分は黒い。周囲をしきりに見回し、よちよち歩く姿を見て、これはペンギンの類だろうかと私は推察する。

 乱雑に散らかった六畳間で私と鳥は向き合う。寡黙な鳥は鳴き声ひとつ上げようとしない。


 ノックの音がした。不意の来客に私は立ち上がり、床の硝子片を踏まぬよう用心しつつ玄関へ向かう。

 ドアを開けると、灰色のスーツを着た男が立っていた。

「帰巣局から参りました」

 と男は言った。

「場違いな禽鳥をあるべき場所へ帰すのが我々の仕事です。おたくに妙な鳥が紛れ込んでいませんか」

 男の言葉に、思い当たる節のある私は頷く。少し待ってほしいと告げ、部屋の中へ戻る。

 鳥は相変わらず部屋の中心に立っている。なるべく刺激しないよう、そっと抱きかかえて運ぶ。それなりに重いが、持てないほどではない。抱えている間も、鳥は大人しく私の腕に収まっている。

 私の抱えてきた鳥を見て、男はわざとらしいほど目を丸くする。

「イヤ驚きました。なにせ、こちらでの発見は半世紀ぶりです。御協力感謝します」

 鳥を受け取った男は、会釈をしてから帰っていった。

 玄関を閉じると大きな欠伸が出た。ひどく瞼が重いのである。そのままベッドに倒れ伏すや否や、私は沈むように眠りに就いた。


 次に起きたときにはもう正午を過ぎていた。派手に砕け散ったはずの窓硝子はいつの間にか元通りになっていた。

 奇妙な訪問者の痕跡は何ひとつ残っていなかった。やはりあれは私の見た夢だったのかもしれない。


 後で調べたことだが、例の鳥はオオウミガラスという海鳥の一種だったらしい。十九世紀まで北極の海に生息していたが、乱獲によって絶滅したという。

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