第22話 温泉と青の監視者

 央州は高低差の甚だしい土地で、深い湖や険しい山を持つ数々の領地があった。

 その領地内の、ヒトにはあまり知られていないとはいえ、妖異には保養地として名高い温泉の露天風呂で、機械の体を持つ監視者と若い武官はくつろいでいた。

 おまえはときどき臭いことがある、と、監視者に言われた武官は、それなら路銀の蓄えもできたので、温泉にでも行って汗を流して気力を養おうではないか、と提案したのだった。

 ところで、おまえのほうは最近いい匂いがするね、何かあったの、と、武官は聞いた。そもそも、その体はどうやって汚れを落としているのだ、とも。

 1半期に4度、油の浴槽に浸かるのだ。その際、薔薇園の吸血姫たちにもらった香水をひとたらし混ぜると、薔薇の花のような匂いになる、と、監視者は説明した。ちなみに安くはない、と、監視者はつけ加えた。

 宇宙へ旅立つ飛行装置の推進剤にその香水を混ぜると、だな、混ぜると、えーとその、どうなるかというと、煙がいい匂いがするのだ、と監視者は言った。

 それだけかよ、と、武官は言った。

     *

 暑期の終わりで、長い日が暮れると、昼の間は存在が曖昧だった妖異もその姿がヒトに見えるようになる。鄙びた温泉場のようだったところも、小路には夜市が立ち、土産物屋や射的場も、大小さまざまな妖異で賑わう。監視者と武官は、まず宿につくと軽く体を流したあと、浴衣に着替え、武官はキツネの面、監視者はネコの面をつけて散策した。

 どうもおまえはまだ、ヒトの血の匂いがする、と、監視者は武官に言って注意をした。浴衣の下の監視者の素肌は、薄赤く光って、確かにヒトのようには見えなかった。赤い金魚の模様の入った監視者の浴衣は、ひらひらと金魚のように舞った。

 今日は覆剤を二枚重ねにしてあるから、人肌以上の温度の一酸化二水素でも大丈夫だろう、と、監視者は、手の甲を軽くつまんだ。覆剤の皮膚は半透明の膜になっていた。

 左手に綿雲飴、右手に光線銃型の水鉄砲を持った監視者は、武官に持たせた妖怪タコ焼きを食べながら歩き、射的場の前で立ち止まった。

 水鉄砲で武官に静粛を促したのち、監視者はそこで真剣に的を狙っている、監視者と姿かたちが変わらない妖異もしくは機械と思われる相手の首にすこしだけ水をかけた。髪をふたつ結びにしているその相手は、監視者がどこかうす赤いのに対して、どこかうす青かった。そのうす青い体のうなじの、水をかけられたところは濃い青色に変わり、ひえっ、という声が漏れた。

 いきなり何をなさるんですの、旧式さん、と、その子は言い、射的の銃を監視者に向けたので、監視者も急いで台に置いてあった模擬小銃を手に取った。

 武官はふたりを仲裁し、青い子の自己紹介を待った。

 青の6号です、よろしくお願いしますわ、と、6号は言った。赤の1号と同じく、監視者として作られました、とも。

 赤の1号っだったんか、おまえは、と、武官は言い、2号から5号はどうなったんだ、と聞いた。

 わたしが思いのほかうまくいったんで、基礎能力にお嬢様度と攻撃力を高めにして、複数配置することになったのだ、と、赤の監視者は説明した。

 ただどうも、お嬢様度は悪役度と関連が高いらしく、そのふたつのどちらかを切り離して上げることはできないみたいですの、と、青の監視者は言った。つまり、闇落ちして、超越知性体の悪役部に行かれたのですの、と、青の監視者は続けて説明した。

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