八州奇譚集

るきのるき

第1話 闇切刀

 珠州の辺境の若い新領主は、先代より残された古物の品あらためを初冬におこない、見事な作りと思われるが中の刀を抜くことができない黒鞘の脇差を見出した。古参の武官によれば、先代が蛮族を成敗した際、族長が死後に残したもので、由来は不明だという。新領主は宝物の多くを手放して文官・武官に分け与え、また戦のための軍資金としたが、その脇差は色と形が気に入ったので手放さない宝物のひとつとなった。

 ある日現れた旅の修行僧にそれを見せたところ、僧は顔色を変え、吉凶は不明だが私は抜く方法を知っている、と新領主に告げた。闇を切る刀は、ヒトには過ぎたものである、とも。

 それから数日後、武官の中でも最も剛の者として知られていた、銀色の髪と金色の瞳を持った若者は、闇の夜に闇を切るため、竹林の中の空き地に、脇差と共に闇を待った。風がなく寒く、空に見えるはずの星も厚い雲に覆われていて、降るならば雪であろうと思われる天気だった。

 現れたのはヒトの形をして闇の影をまとった、並のヒトより大きいが巨人というほどではない大きさのもので、若い武官は脇差を抜いて切りかかった。濃い霧のような影は、金と銀の光を発しながら闇色の刀で数十度切られて消えた。

 翌日の早朝、武官はことの次第を上司と新領主に報告した。若い武官の髪と瞳の色は闇色に変わり、抜かれた刀は金と銀とが複雑に混ざった色に変わっていた。

 新領主は多大な褒賞を若い武官に与えた。数日後武官は身辺整理をして職を辞し、その後王都の大学に戻って窮理の学究で生涯を終えた。

 何年も経たぬうちに新領主は城を攻め落とされ、かつて闇だった脇差で自刃し、その宝物も混乱の中で失われて、果てを知る者はいない。


闇の夜や巣をまどはして鳴く鵆(ちどり) 芭蕉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る