情熱*ミドルスプリント
烏丸朝真
第1話 幼馴染は世話焼きである
もう倒れて楽になりたい。なのに足が動かない。そんなとこからも出るのかと、肘の頭とくるぶしからも汗が噴き出た。
ようやく欲していた空気を胸に取り込めたのに、喉にキリキリとした痛みが走る。
相変わらず、
なのにその日ばかりは、妙だった。
やりきった達成感も、走りきった充足感も、駆け終えた安心感もまるでない。
ただただ息を吸う
「……と。……こと、ねえ、早く起きてよ
「……うん? おう?」
柔らかい声が、耳を撫でた。
さっきまで夢に入り込んでいた気がするのだが、どうもこの声には弱い。
どんなに深く眠っていようが、この聞き慣れた声に名前を呼ばれると、目が自然と冴えてしまう。
むくり、とほとんど無意識に体が起き上がる。
まだ霞む目でふっと横を見てみれば、寝床にしてる小上がりの
白いシャツの前立てやボタン周りにさえシワ一つなく、蝶結びにされたリボンタイは鏡合わせのような
「………………おはよう、
「うん、おはよう誠」
にっこりと、
ざっくばらんに言ってしまえば、桜花は俺、
明るい栗色のセミロングの髪はよく
「悪い、寝坊したか……?」
「ううん、7時だよ」
「しちじか……。…………7時!?」
わずかに残っていた眠気が、どこかの
壁に掛けた時計を見れば、長針は12の真ん中を
「ごめんね、私今日は
「だったら別に起こさなくてもいいのによ……」
「でも起こさなかったら、誠ずっと寝ちゃうでしょ?」
「学校まで歩いて20分だろ? 朝飯食うのに15分で、朝のHRは8時半。だったら8時に起きても充分じゃねえか」
「それじゃあ5分遅刻しちゃうじゃない」
桜花が俺の頭に手を伸ばし、跳ねた髪を
それでも諦めない桜花はもはや、もはや撫でつけるというか撫でこすると言うほど手を動かした。
……本当にマメな奴だなこいつは。
「誠、中学時代はしっかり朝早起きしてたのになあ……」
「部活やってたからな。だけど今の俺は
「はぁ……先が思いやられるなあ。
「な」――んで俺の先をお前が心配するのか、と言いかけた瞬間。
というか。
「いやおい桜花、待て、うら若き
「もう私と誠の間にそんなのほぼないじゃない。タオルはタンスの中にあるよね? ついでに下着も出しといてあげるから着替えてね。制服は……あ! ネクタイヨレヨレじゃない。もー、シワ伸ばさないから……って、カバンに今日の時間割りいれてない! 机にもないし、学校に置きっ放しなんでしょ。ダメだよ、
「お前は俺のオカンか……」
桜花はこの通り、
自分で言うのも
タンスから、迷いなくタオルや下着を手に取り。
クローゼットの中から
もはや俺よりも部屋の中を桜花は
俺としては甘える気はないのだが、
正直ありがたくはある。だが。
「ほら、背中向けて。
「自分でやれるっての!」
「誠は適当にすませちゃうでしょ。私に任せなさい!」
ちょっと、
背中を拭く力加減は丁度良く、
なんでこんなにコイツはこんなに世話が上手いのか。もしや俺が上手くさせてしまったのか。
だとしたらなんとも不甲斐ない話である。思わず目元に手を当てたくなったが、丁度その時。
「もう、日焼け
「え? ああ、そりゃあ陸上辞めて一年ちょっとだしな」
そっと、肩の辺りを撫でられた。
俺は元から
とはいえ、陸上をやっていた時はくっきりユニフォームの跡が残っていた。
だが今では、すっかりそれも消えている。
「それがどうかしたのか?」と首を回したが、桜花の顔はギリギリ見えなかった。
「ううん、なんでもないよ──はい、拭き終わった。じゃあ私、下で待ってるから。制服に着替えて降りてきてね」
「……おう、まあなんだ、世話掛けた」
「どうしたのよ
ニッコリ笑ったその
桜花は軽く手を振って、タオルをもって部屋から出ていった。
少し面倒だと思うことがあるが、それでもあの笑顔を見ると「桜花が幼馴染でよかった」と深く思える。
……もうすっかり、二度寝する気もなくなってしまった。忙しい朝に世話をしてくれたのだから、それには報わなきゃ男じゃあない。待たせるのも悪いし、さっさと着替えてしまおう。
「……うん?」
立ち上がると、下半身にジトッとした感覚が。背中を拭いてもらったせいか、足にかいた汗が妙に気になった。
「……足も拭くか」
洗濯物を増やすと、俺に似て
(ガチャ──)
「なあ桜花」
「ふわん!?」
ドアを開ければ、
数歩進んだところで、
桜花が廊下で立ち止まって、
……タオルを胸に、抱えていた。
「…………足の汗、気になるから拭きたいんだけどよ……」
「────」
無言。
「……
「ま、誠のバカ! ノックぐらいしてよ!?」
タオルを、顔面に投げつけられた。さっきまで汗を拭いていたはずなのにあまり
タオルを剥げば、桜花の姿はどこへやら。あっという間に階段まで走ったようで、駆け降りる音が響いている。
「……部屋から出るのにノックはいらねえだろー……」
届かぬ
……真面目なんだけど、たまーによく分からないことするんだよな、桜花って。
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