樹雅奏瀬シリーズ

茜称

第1話 樹雅奏瀬の大丈夫

言いたいことは沢山ある。

でも、それを言ってしまうと皆困ってしまうから。大丈夫、我慢の延長戦だ。大丈夫、大丈夫……俺ちゃんは1人でも大丈夫。


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「明日は皆大好きな遠足だぞー」

担任の先生が声を上げてそう言った。当時、俺ちゃんは小学二年生で、その時の遠足が親子での参加。親同士、子供同士親子同士の仲を深めようという目的の元行われる。もちろん先週の時点でお知らせの手紙は渡っていたが、俺ちゃんは渡せずにいた。両親共に帰ってくるのは俺ちゃんが寝静まった頃だし、今更出しても、もう遅い。仕事が忙しいのに、いきなり「明日遠足に行こう!」などと口が裂けても言えない。大丈夫、親子遠足だが、親は強制じゃないし、友達といれば時間なんてあっという間だ。お弁当だって、冷凍食品を詰めれば大丈夫。大丈夫……大丈夫……。悲しくなんかない……。

トントンと俺ちゃんの肩を誰かが叩いた。そちらへ顔を向けると、眉を顰めるとーくんこと天沢悠都くんがいた。

「かなちゃん、大丈夫か?」

「な、なにが……?」

「なんか悲しそうな顔してるから……」

とーくんは悲しそうな顔でそう言った。あぁ、しまった、困らせてしまっただろうか。俺ちゃんが変なこと考えたから。とーくんには笑っていて欲しいのに。

「大丈夫!俺ちゃん元気だし!遠足楽しみだね!」

「……そっか」

あまり納得のいかない様だったが、とーくんは視線を前に戻した。怒らせてしまったのか?いや、とーくんは怒りっぽいけど、本気で怒ったりはしないから多分大丈夫だ。とーくんは心配性なところがあるからきっと俺ちゃんのことを思ってのことだろうけど、心配いらないよとーくん。俺ちゃんはもう二年生だし、そこまで子供じゃない。我儘だって我慢出来るんだ。……でも、まぁ、手紙くらいは出しておこうかな。もしかしたら、明日はお母さんもお父さんも仕事が休みで、「いいよ」って言ってくれるかもしれない!可能性はある、決して高い訳では無いけれど、ゼロじゃないなら…俺ちゃんも、信じてみようかな。


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今日は両親が家にいた。それだけで驚きだった。両親の顔は久々で、会話はもちろん目を見てなんていつぶりだろうか。

「おかえり、奏瀬」

「お母さん……仕事は…?」

「今日はもう終わらせてきちゃった!お母さん、頑張ったんだよー」

「お父さんも頑張ったんだぞー!」

「うわっ!」

お父さんにいきなり抱っこされ、一瞬呆然としてしまった。

「奏瀬、お前……大きくなったな」

「ほんとに、ごめんね……いつも一緒にいてあげれなくて」

「だ、大丈夫……!大丈夫だよ!俺ちゃん大丈夫!」

「偉い子だ!奏瀬」

わしゃわしゃとお父さんが頭を撫で、頬をお母さんが撫でる。久々に感じた両親のぬくもりになぜだか泣きたくなってしまった。そうだ、これは言うチャンスなのではないだろうか。

「あ、あの……お母さん、お父さん──」

プルルルルルルルル

家電話のコール。お母さんは慌てたように、受話器を取りに言った。そして、すぐに

「え!?ミスが発覚した!?わかりました、はい……はい、しょうがないですよ、はい……では」

「どうしたんだ?」

「それが、新人の子が結構なミスしちゃったみたいで、明日からまた仕事に行かなきゃ行けなくなったの」

「なんだって……?それは大変だな。だが、残念だなせっかくの休日だったのに」

「そうね、貴方も明日は仕事あるし……奏瀬、またお留守番出来る?」

「そういえば、奏瀬……さっき何を言いかけたんだ?」

「え?あっ、いや……なんでもない!今日は俺ちゃんが料理するよ!まだへたっぴだけど、食べれるくらいにはなったんだよ!」

「そう?ありがとうね奏瀬」

「うん!大丈夫!」

クシャっとポケットの中にあった遠足の手紙を俺ちゃんは握りつぶした。捨ててしまおう、こんな紙切れ……どうせ明日は、二人共行けないのだから。

夜ご飯を終え、お風呂に入り、自分の部屋へ。ベッドに潜り込み、ギュッと目をつぶった。嫌なことは眠って忘れよう。明日には元通りの俺ちゃんがいる。お留守番に慣れた俺ちゃんがいる、それに明日はお泊まりの日。とーくんといればへっちゃらだ。……でも、とーくんの家は親子で遠足来るよな?俺ちゃん、邪魔じゃないかな。友達といればいいやって思ってたけど、皆家族で来るのだし一緒の時間を邪魔したらいけないよな?あれ、じゃあ、俺ちゃん……ひとりぼっち。

「……ひとりぼっち……?」

目から熱いものが込み上げてくる。ダメだ、泣いたらダメだ……堪えろ、のみ込め、声を出すな。迷惑をかけてしまう、心配をかけたくない、悲しませたくない、俺ちゃんは本当に大丈夫なのに、大丈夫だから、どうか、笑っていて。

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翌日、家から物音がしないということは両親はもう仕事に言ったのだろう。俺ちゃんも早く支度しないと。そう思いながらベッドから出て、時間を見ると6時半。少し寝すぎてしまったか。いや、集合は遅めの9時だし、間に合う間に合う!

ピンポーン

「ん?こんな時間に誰だ?」

扉を開けるとそこには仁王立ちのとーくんがいた。

「と、とーくん……どうしたの?」

「サボるぞ!遠足」

「え?な、なんで?」

「なんでも何も無い!かなちゃん、おばさん達に言ってないだろ」

「うぐっ」

「やっぱり……泣いた後あるし、やっぱりダメだったんだ」

「…………うん、まぁ」

「どーせ、また気を遣ったんでしょ?かなちゃん、大丈夫って口癖みたいに言うけど…本当は大丈夫じゃないんでしょ?」

「そんなことないよ、大丈夫だよ俺ちゃん」

「俺には大丈夫って見えないの……!」

「それはとーくんの目の問題だよ!」

「なんだと!!とにかく今日は休むの!」

「でも、行かないと先生達が心配するし」

「お母さんに頼んで、もう学校には連絡したし!」

「え!?とーくんはいいの!?せっかくのみずいらず?な日なのに」

「別に、お母さんと遠足行きたかったら違う日に行けばいいし、なにも今日が特別ってわけじゃないし……それに」

「それに?」

「俺、かなちゃんも楽しくなきゃ嫌だよ」

「……だ、だけど」

「いーの!!元々そんな乗り気じゃなかったの!俺は!」

「とーくん……」

「それよりさ、今日は何して遊ぼうか?」

「……ッ!」

とーくんはいつだって俺ちゃんに笑顔を向けてくれる。それが救いだってことに時々気付かされる。ごめんね、とーくん……ありがとう。ぎゅっととーくんを抱きしめた。とーくんの顔は見えないが、優しく俺ちゃんの背中に手を当てた。

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「なーんてこともあったよねー!……って、とーくん?」

「もう、やめて……」

とーくんは頭を抱え、机に突っ伏していた。耳が真っ赤に染っているので恥ずかしいのだろう。俺ちゃんにとってはすごくいい思い出なのに。

「あれ?樹雅くーん!まだ教室にいたんだー!」

「ん?片岡ー!あれ?皆もいる!」

ガラッと開けられた扉からクラスメイトの片岡永美含め、他の1年生もいた。

「こんなところで何してたの〜?」

「とーくんの恥ずかしい話〜」

「悠都くんの恥ずかしい話?気になる……!」

「き、気にならなくていい!!」

──あのね、とーくん、お母さん、お父さん……俺ちゃん本当にもう悲しくないんだ。今はどこにいても皆がいるから。寂しくないんだよ。大丈夫だよ……大丈夫、俺ちゃんは……大丈夫!!

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