夜空に花火が咲く頃に
齋藤瑞穂
レモンシロップのかき氷
episode1
ヒュ~~~ドドーン。
そんな安っぽい擬音では表せないほどに鮮やかな花火は、数え切れないほど多くのアオハルを創り出しているに違いない。アオハルを楽しめる権利は誰がもっていて、どのようにして手に入れたのだろうか。もしかすると、その権利は誰もが生まれつきもっているのかもしれない。
「あっ、あれ見て!」
屋台からする食べ物の匂いに混じって僕の鼻を刺激する、ふわふわとした柔軟剤の香り。人ごみの中ではぐれないようにしているとはいえ、僕ら2人の距離は近すぎやしないだろうか。そんなことを気にしているのは僕だけなのかもしれない。
「え、どれ?」
「あれ!」
ピアノを弾くのに向いていそうな細長い指。人のことを指差してはいけないって、小さい頃教わらなかったのだろうか。
そう考える必要のないことを考えているところを遮るように、隣で新しい下駄のカランコロンという音が響く。
「あ~、かき氷か!」
「そそ!」
弾けるように元気な声と、頷いて揺れた髪飾り。三つ編みというか、編み込み? きれいに
「夏っぽいな」
「かき氷おごってよ、昴希!」
今、僕の隣をワクワクしたオーラを放ちながら歩いている風香はそう言った。
「何で俺がお前におごんなきゃいけないんだよ」
「暇だから?」
こいつ間髪入れずに答えやがった。つうといえばかあって感じだな。
「暇じゃねーし。大地に強引に保護者やらされてるだけなの!」
風香を睨みつけてから、大地を目で追う。黒いTシャツに黒いハーフパンツという黒ずくめの大地はっ、と……。いた、僕らの10mほど先に。彼女と仲良く手を繋いで歩いている。風香も僕と同じ景色を切り取って見ていたようだ。僕らは顔を見合わせ同時に苦笑いした。
「……さてと、ま」
「あいつらは放っておくか」
「そうしよ。じゃあ昴希にかき氷おごってもらいに行こ~!」
右手をぶんっと高く振り上げた風香は、幼稚園児のようだった。
「何で俺がおごるの前提なの……」
「いいでしょ別に?」
「よくねーよ。なぜ俺がお前にかき氷をおごらなければならないのか、10字以内で答えよ」
「昴希が暇そうだから」
9字。句点を含めると10字ジャスト。うざっ。
「わーったよ。おごればいいんだろ」
「やった~! ありがと大好きだよ!」
言葉軽すぎだよ。心臓の拍動が速くなってるのは気のせい気のせい。
夜空を仰ぐと小さな花火が咲いた。
「300円のかき氷でそんな台詞吐いてると軽い奴だと思われるぞ」
僕は一体何を説教しているのだろう。
「いーのいーの。友達としての“好き”だからね? それよりさ、早く買ってきてよ。あそこらへんで待ってるから」
風香は騒がしい屋台から少し離れた通り――落ち着いて花火が見られる河川敷を指差した。
「くれぐれも誘拐されるなよ。い・か・の・お・す・し――」
「も! それくらい知ってるよ」
そもそも、“いかのおすし”に“も”はないはずだ。火事が起こった時の“おかしも”と混ざってしまったんだろう。訂正するのも面倒だ、この際からかってやろう。
「それなら、“い”は?」
「……いりごまは知らない人からもらわないようにしましょう?」
何でいりごま限定なんだよ。
小首を可愛く
「違います」
「……
何でそこまで詳しく知ってるんだよ。ま、間違ってはないか。
再び風香に心の中でツッコむ。
「惜しくもないです。はぁ、もういいよ。よくないけど。とりあえず、知らない人にはついて行くなよ?」
「は~い」
気の抜けた返事に、僕が風香のテンションを下げてしまったのかもしれないと罪悪感が少しだけ湧いてしまう。切り替えなきゃ。
「いちごとレモンとメロンとブルーハワイがあるけど、どれにする?」
「レモン!」
おっけー、と言って背を向けて歩き出してからも、その元気な声がしばらく耳に残っていた。
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