ザイロールの物語

勇者ザイロールを仲間に加えた僕達は、彼の道案内に従いデビルゲートを目指した。


 その道中、僕はザイロールからこの世界のことを聞き出した。


 突如出現した邪悪な存在時空魔帝ヒエラス。


 ヒエラスによって多くの国が滅ぼされ、多くの人が亡くなったこと。


 ザイロールも両親を殺され、ヒエラスを討伐しようと決意したこと。


 僕達に会うまでのザイロールの艱難辛苦の旅……。


 物語としてはもう一捻りすれば面白いんじゃないかと思った。しかし、それほど今の僕達にとって有益な情報を引き出すには至らなかった。


 「ねぇ、その時空何とかが実はザイじゃないかって考えているわけ?」


 ザイロールから話を聞き終えた僕にサリィが擦り寄ってきた。僕はザイロールに聞かれてはまずいと思い、歩く速度を緩めて距離を取った。


 「それはないな。ザイロールがここまでザイとそっくりなんだ。ザイの分身は、このザイロールだ」


 謂わばこの世界は、ザイにとってのロールプレイングなのだ。そうだとすれば、二つほど気がかりなことがあった。


 「気がかりって何よ?こんな頓珍漢な世界、気がかりだらけじゃない」


 「まぁそういうな。他人の妄想なんて、理解できないものだ。そんなことよりも、気がかりなのはイルシーのことだ」


 この世界がザイの妄想によって成り立っている世界だとすれば、ザイが妄想の果てに失ったヒロイン、要するにイルシーが存在しているはずだ。いや、すでにこの世界のヒロインとしては消失しているのだから、イルシーがいたという痕跡がどこかにあるはずなのだ。


 「ふ~ん。それを知ってどうするつもりなの?」


 「分からん。単に気になっているだけだ」


 「あ、そう。で、二つ目は」


 「この世界の結末だ」


 「結末?」


 「そうだ。この世界がザイの妄想によって生み出された物語である以上、結末が存在している。それがどういう結末になるのか、そして結末の先がどうなっているのか知りたい」


 「結末の先って……。結末を迎えたら、先なんてあるわけないじゃない」


 僕はそれがどうやら違うらしいことをサリィに教えた。物語は生み出された以上、創作者の手を離れ、完全に独立した世界となって進行していくらしい。それは以前、イルシーに説明されたことだった。


 「はん。そうなると、この世界に続きがあるわけだ。それも単に気になるだけ?」


 「まあな……」


 僕は適当にお茶を濁したが、こちらの方が問題として深刻だった。


 僕はふと思うことがあった。


 カノンは、僕達の世界に来て本当に幸せだったのだろうか。


 こう質問すれば、カノンは間違いなくイエスと答えるだろうし、そんな馬鹿げた質問をした僕に関節技のひとつでも決めてくるだろう。


 しかし、それは僕と出会えたというルートに進んだからであって、元のままの『魔法少女マジカルカノン』の世界に居続けた方が彼女にとって幸福だったのではないだろうか。魔王デスターク・エビルフェイズを倒し、平和の戻った世界で暮らしていくことこそが彼女にとって自然なことだったのではないだろうか。


 そのためにも、物語の結末に先が本当にあるのか知りたかったのだ。もし先があるとするならば、僕は……。


 「ん?」


 僕達の先を歩いていたザイロールが急に歩みを止め、上空を仰ぎ見ていた。


 「どうかしました?」


 「あれを見て下さい。シュンスケ殿」


 僕はザイロールが指さした先を見た。


 深い紫色の空に突如出現したゲート。そこから姿を見せたのは背には羽をはやした巨大な黒色のドラゴン。翼竜って奴か?


 「魔龍四天王のダークバハムートです。時空魔帝ヒエラスが召喚した幻獣です」


 ダークバハームトは、地上にいるちっぽけな存在など意に介していないらしく、飛び去っていった。それを見送るザイロールは、怒気に満ちた表情で悔しそうに拳を握りしめた。


 「ザイロール?」


 「いや、お恥ずかしい。先を急ぎましょう」


 「何かあったのですか?」


 僕はザイロールの隣を歩きながら聞いた。ザイロールハ、話そうか話すまいか逡巡したようだったが、しばらくして意を決したように口を開いた。


 「私が時空魔帝ヒエラスを追っているのは、我が故郷と両親の敵だからなのですが、もうひとつ理由があるのです」


 「理由?」


 「ええ。我が最愛の人、イルシアが時空魔帝ヒエラスの召喚術のせいで、別次元へ飛ばされてしまったのです」


 僕ははっとした。瞬間的に後ろを歩くサリィとデスターク・エビルフェイズに目をやると、僕と同じように思ったのだろう、何度も頷いた。


 間違いなくイルシアは、イルシーのことだ。イルシーがザイの『創界の言霊』によってこの世界からいなくなったことは、そのように説明されていたのだ。


 「イルシアは、さる国の王女でした。私はその国の近衛騎士をやっておりまして、イルシアの身辺警護をしておりました。その縁がありまして、私とイルシアは恋に落ちました」


 淡々と語るザイロールだが、声色には悲しみと悔しさが交じっていた。


 「最初は国王陛下に猛反対され、一時は二人で駆け落ちをも辞さないつもりでしたが、王妃様の説得もあって国王陛下が折れ、結婚を許していただいたのです」


 陳腐な話ね、とサリィが呟いたが、思い出を語るザイロールの耳には届いていないようだった。


 「挙式の日取りも決まり、幸せの絶頂の時でした。時空魔帝ヒエラスが現れたのは。奴は魔龍四天王のボルケノドラゴンを召喚し、我が国を焦土としたのです。そして、イルシアは別次元の穴へと飲み込まれていったのです」


 なるほど。西洋風ファンタジーではよくストーリー展開だな。サリィの言ったとおり、陳腐な展開だ。今時、そんな設定のライトノベルを書こうものなら大顰蹙ものだぞ。


 「なんて悲しい話だ……。不肖、このデス……じゃなかった。この山田、微力ながらザイロール殿をお助けいたす」


 滝のような涙を流しているデスターク・エビルフェイズ。お前、物語は違うが、魔王が勇者の悲劇に涙して協力するなんておかしいだろう!


 「先へ急ぎましょう、ザイロール。イルシアさんを必ず取り戻しましょう」


 僕は本心で言った。しかし、デスターク・エビルフェイズのようにザイロールの境遇を哀れんでのことではない。


 ザイロールが時空魔帝ヒエラスを倒すと、イルシアが出現するはずだ。物語の上、そうでなければおかしい。しかし、イルシアがイルシーである以上、出現しない可能性もあるのだ。どちらにしろ、そのタイミングでザイが動くと見ていいだろう。


 「ありがとう。ヤマダ殿、シュンスケ殿」


 ザイロールは、心から感謝しているのか、薄っすらと涙を溜めていた。流石にちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。




 それからしばらく、僕達はザイロールから様々な話を聞いた。


 その大半がザイロールとイルシアののろけ話であり、僕は辟易とした。背後からサリィが、リア充が!クソ爆発しろ、という呪詛のような呟きが聞こえ、僕をさらに疲れさせた。


 「ここです。この洞窟の先にデビルゲートがあります」


 ちょうど話のネタが尽きかけた頃、僕達は洞窟の入口に辿り着いた。


 「まだ先があるの?」


 いかにも疲れた様子のサリィが悲鳴をあげた。そりゃ、ハイヒールで山道登っていたら疲れるわ。


 「入ってすぐですよ。もう少し頑張ってください」


 ザイロールが笑顔でサリィを励ました。渋々サリィが歩き出した時だった。上空から叩きつけるような突風が吹き荒れた。


 「何だ!」


 僕は手で顔を庇いながらも上空を見た。先ほどのダークバハムートがこちらを睨みつつ翼をはためかせていた。

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