閉ざされた門~前編~
美緒の右ストレートを喰らって失神した僕は、僕のことを捜しにきたカノンによって介抱され、なんとか帰宅の途に着くことができた。その道中、カノンに失神していた理由を聞かれたので、僕は素直に応えた。
「ふ~ん。そんなことあったんだ。シュンスケにしてはちゃんとけりをつけたじゃない」
「けりがついたのかな?あんまり自信ないけど」
「ミオもけりをつけたかったからシュンスケをKOしたんでしょう」
「嫌なけりのつけかただな。ま、それであいつの気が済むなら、一発喰らうぐらい構わないか」
「シュンスケ、それだからあんたは……」
「あ?何だ?」
「何でもないわよ」
カノンはふうとため息をついた。殴られて済ますなんて発想、呆れられてしまったか?リアルな男女関係については未熟者の僕だから、その辺は勘弁して欲しいんだけどなぁ。
「それよりも急ぎましょう。このままじゃ、先輩が鮮魚売り場の水槽で溺死してしまうわ」
カノン、今朝のことを本気で信じているのか。確かに相手が秋穂ならばやりかねない。僕もちょっと心配になってきた。
「マルヤスに急ぐか」
そうしましょう、と言ってカノンが歩みを速めたので僕もそれについていこうとした。その瞬間だった。僕の視界が大きく揺れ動いた。見えるもの全てが縦に波打ち、ゆっくりと大きく揺れ始めたのだ。視覚的に気持ち悪くなった僕は、右膝を突いた。
「ちょっと!大丈夫なの!」
「大丈夫だ……」
すでに視界の揺れは収まっていた。しかし、微かに気持ち悪さは残っていた。
「美緒に殴られたせい?」
「いや、違う……あれは」
あの視界の揺れ方。『創界の言霊』で世界が変革された時に起こる現象だ。しかし、僕がこれまで経験してきたものの中で一番ひどく揺れた。
「何か変なことが起きていないか?」
僕はカノンに尋ねながら、注意深く周囲を見渡した。しかし、ぱっと見た感じでは何も変わっていなかった。
「何も変わっていないと思うけど、ひょっとして何か世界が変わったの?」
「『創界の言霊』で世界が変わった時と同じような感覚がしたんだ。でも、変わっていないとなると、単なる眩暈かな……」
いや、眩暈というのはああいうものではない。眩暈はもっとあっさりとしたもののはずだ。
「そうだ。紗枝ちゃんだ」
僕は携帯電話を取り出した。同じく『創界の言霊』の力を持つ紗枝ちゃんなら何か感じているかもしれない。アドレスから紗枝ちゃんの電話番号を選びかけた。紗枝ちゃんはすぐに電話に出た。
「もしもし……」
「紗枝ちゃん!何かおかしなことなかった?」
「ということは先輩も?」
やはり。紗枝ちゃんにも何か起こったらしい。
「どんな感じだった?」
「一瞬でしたけど、視界がぐにゃっと揺れて……気持ち悪かったです」
「『創界の言霊』で世界が変わった時にそんな風になるんだけど、何か世界が変わった様子はない?」
ないです、と疲れた紗枝ちゃんの声が聞こえた。とりあえず、紗枝ちゃんには安静にするように伝え、電話を切った。
「一体何なんだ?」
「イルシーは?イルシーはいないの?」
「いるわけない。あいつは、こういう場面では絶対に出てこないキャラだ」
などと言いつつ、僕はイルシーの登場を期待していた。頼む、どんなコスプレをしていても一応受け入れてやるから、出てきてくれ。
「あ、いたいた。捜したわよ」
この声はイルシー……ではなかった。OL風の制服に身を包んだサリィだった。
「何だサリィか」
「ご挨拶ね、こうして会いに来てのに。あ、折角だからそこのホテルでご休憩していく?」
「ちょっと!何をしにきたのよ!」
カノンが両手を広げてサリィの前に立ちふさがる。
「何ってナニをするのよ。ま、貧乳お子様には分からないかもだけど……ってそんなことを言いにきたわけじゃないの」
「ナニって何よ!それに貧乳じゃないわよ!」
「ねぇ、あんた達、禿を見なかった?」
禿?ああ、魔王のことか。
「見てないぞ。なぁ?」
僕はカノンに同意を求めたが、カノンは応じずサリィを睨み続けていた。
「そんな怖い顔しないでよ。大変なことになっているんだから」
「大変なこと?」
大変なことだと?やはり世界に何か異変が起こったのか?
「戻れなくなったのよ、元の世界に?」
「は?」
元の世界?ああ、そうか。こいつはカノンのいた世界の住人だったな……。ってこいつら戻れていたのか?
「そういえば、お前らどうやってこっちの世界に来ているんだ?それに戻ることもできたのか?」
「当たり前じゃない。預言者……偽者のあんたがこっちの世界に続くゲートを開いてくれていて、そこから自由に行き来できていたのよ。で、あいつがあんなことになってもゲートが残っていたから私と禿はこっちの世界に来たんだけど、さっきゲートのあった所にいってみるとなかったのよ、ゲートが」
世界は行き来できたのか……。いや、『創界の言霊』があればそういうことも可能だったのかもしれない。現実に僕は那由多の世界群に行けた。しかし、イルシーはそのようなことは言っていなかった。これも世界を崩壊させないための枷だったのかもしれない。
「そもそも何で来たのよ?大人しくあっちの世界にいればいいのに」
「カノン。あっちの世界はお前の世界でもあるんだぞ」
いや、それどころかお前がメインの世界だろう。
「そうよ。あんたと私達の戦いが終わったわけじゃないのよ。でも、今は休戦で勘弁してあげる」
「勘弁してくれなくても結構よ。魔王共々、ここで打ち殺してあげてもいいんだけど」
「待て待て。いがみ合っている場合じゃないだろう。さっきの僕の眩暈といい、サリィの言っているゲート消失といい、これはただ事じゃないぞ」
「確かにそうね……」
警戒心を解くカノン。とりあえずこれで流血沙汰は回避できたか。
「ひとまずどうする?魔王を捜すか?それともゲートとやらがあった場所にもう一度行ってみるか?」
「ゲートの場所に行ってみましょう。あの禿よりもあんたの方が役に立ちそうだし」
「よし、分かった」
「こっちよ、さぁ行きましょう」
僕の首に手を回し、密着してくるサリィ。その大きな胸が腕に当たっている当たっている。
「ちょっと!離れなさいよ!」
「いいじゃない、これぐらい。協力してくれるお礼よ、お礼。あんたも嬉しいでしょう」
「まーその……」
「否定しなさいよ!馬鹿シュンスケ!」
カノンが僕の後頭部を林檎か何かのように鷲づかみにするカノン。痛い、痛いだろう!僕は激痛に耐えながらサリィの案内に従った。
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