missing world
異変~前編~
僕がその異変に気がついたのは、九月半ばの日曜日のことだった。
異変と言っても何かが劇的に変わっていたとかそういうことではない。何か奇妙な違和感、いつもの日常ではない異変が発生しているのではないかという漠然とした感覚が僕の中にあったのだ。
その日、昼近くまで惰眠を貪っていた僕は、パジャマ姿で一階に下りてきた。キッチンには甲斐甲斐しく昼食を作っている妹の秋穂。そして空かせた腹を抱えるようにして座っているカノンの姿があった。
いつもと変わらない日曜日の光景。しかし、どういうわけか僕には違和感があった。
「まぁ、兄さん。まだパジャマ姿だなんて……。見飽きたのでいい加減に着替えてきてください」
「見飽きたって何だ!まるでずっと見ていたみたいことを言うな!」
いつもの秋穂との会話。何も変わっていないじゃないか、と安堵した僕は、秋穂に言われたとおり着替えるため自分の部屋に戻った。
着替え終えて再び一階に下りると、昼食はすでにできあがっていた。きつねうどんが三つ。キッチンの食卓に並んでいた。
「さぁさぁ、兄さんいただきましょう。そこの食いしん坊やもできましたわよ」
「誰が食いしん坊やよ!」
と言いながらも食卓にやってくるカノン。秋穂が僕の隣に座り、カノンが正面に座る。
「いただきます」
僕は箸を手にしながらも、先に汁を一口啜る。うん。いつもの秋穂の味だ。でも、どういうわけか僕の脳裏に巣食う違和感が消えない。
「どうしました?兄さん。お気に召しませんでした?」
「いや、そうじゃないよ。いつものお前の味だ。そうじゃなくて……」
僕はカノンをちらっと見た。幸福そうにうどんを啜っていた。
「な、何よ。お揚げ、あげないわよ」
どんぶりを大事そうに抱え込むカノン。
「いらん」
「じゃあ何よ」
「なぁ、カノン。何か変じゃないか?」
「変って何よ?」
「具体的には分からんが、何か変なんだよな……」
「変なのはシュンスケの頭の中でしょう」
「まぁ、兄さんに対するなんたる暴言。許しがたいですわ。今晩のカノンさんのおかずは、ごはんとライスとお米にします」
「全部お米じゃない!どういう嫌がらせよ!」
「明日の朝は、パンとブレッドとトーストにして差し上げますわ」
「それも全部同じでしょう!」
また始まったカノンと秋穂の口喧嘩。いつものことなので無視をしてうどんを食べ続けることにした。
「何かがおかしい……」
昼食後、部屋に戻った僕は、何事もする気になれずパソコンデスクの椅子に座り、違和感の正体を探ろうとした。けど、あまりにも漠然とした感覚なので、考えがまるでまとまらなかった。
「気のせいってこともあるもんな。ネットでもするか」
分からないのなら深く考えないようにしよう。僕はパソコンの電源を押した。
「そういえば、最近小説書いていないな」
ふとブラウザアイコンの隣にある『魔法少女マジカルカノン』のショートカットに目がとまった。いや、小説は同人誌用にちょこちょこ書いてきたのだが、『魔法少女マジカルカノン』はカノンが登場して以来、完全にストップしている。
「ま、こんな事態になって書けるはずないもんな」
しかし、もう少しで完結できるところまできているので惜しい気もする。書く書かないは別として、とりあえず冒頭から読んでみることにした。
「……ふんふん。文法ひでぇな」
「あ、ここ誤字だらけじゃないか。慌てて書いてたんだよな……」
「おっ、カノンが魔法使っている。新鮮だな」
「う~ん。ここって第十章の件と矛盾しているなぁ。どっちか書き直そう」
「おおお!ここってよく書けているな。我ながら関心関心」
「ここでデスターク・エビルフェイズの登場か。いい悪役だよな。禿のおっさんってのが信じられん」
「サリィはもうちょっとエロく書いた方がいいかなぁ」
「……」
「……」
「……」
思わず読みふけってしまった。自画自賛するようで気恥ずかしいが、やはり超大作。ちゃんと完結させてどこぞかの出版社の賞に応募した方がいいような気がしてきた。
「……あれ?でも、何かが欠けているような……」
ついさっきまで感じていた違和感が、『魔法少女マジカルカノン』にもあった。自分で書いたはずなのに、そうではないような、名状しがたい気持ち悪さがあった。
「書き始めたのは一年以上前だもんな。いろいろと忘れているだろう」
僕は『魔法少女マジカルカノン』のテキストファイルを閉じ、パソコンの電源も消した。続きを書くのはまた今度にしよう。
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