~胎動~

 ほう。


 私は感心してしまった。一体誰が始めた座興か知れないが、なかなか面白い結末となってしまった。まさか、あの少年が彼女を選ぶとは。これだから物語の世界は愉快だ。


 「さてさて、君がくだらないことをしているうちに、他の誰かが始めた座興のおかげで面白い展開となったよ」


 私は意地悪くフードの男を言う。深く俯いているため、フードの男の表情は分からないが、きっと怒りに満ち溢れていることだろう。彼の拳が小刻みに震えていた。


 「どうかね?そろそろ君の物語を進めてみたらどうだね?さもないと、君は全てを失ってしまうことになるのだよ」


 うるさい、と男は言う。明らかに語気には怒りが含まれていた。


 その怒りは、くだらぬことをして後手に回った自分に対してか?


 それとも嫌味を言っている私に対してか?


 はたまたあの少年に対してか?


 「いくらここが悠久の世界とはいえ、ここから見える物語達は河の流れのように進んでいく。失ったものは元には戻らないのだよ」


 私は中を仰ぎ見た。無数の物語が川の水面に浮ぶ落ち葉のように流れ過ぎ去っていく。


 「うるさい!その失ったものを未だ女々しく捜している奴に言われたくはない!」


 私は男の怒声を初めて聞いた気がした。男は私の嫌味に対して嫌味で返したつもりらしいが、その程度の嫌味、私には苦にもならない。そのようなこと、男に指摘されるまでもなく分かっていることだ。


 「だったら、君の仕事を早々にするのだな。取り返しがつかなくなる前に」


 「言われるまでもない」


 男はフードを取った。ようやくやる気になったようだ。


 さてさて、一体彼はどういう物語をつむぎ出そうとしていることやら。


 「期待しているぞ、ニッタシュンスケ……」


 私は、初めてフードの男の名を呼んだ。

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