俊助vsカノン、そして終局

 夏姉との死闘に辛うじて勝利した僕は、神社の奥にある細い道を見つけた。そこからは緩やかな坂道になっていて上へ上へと続いている。すでに山頂の一本松が視認できていたので、この道で間違いはないはずだ。


 それにしても夏姉はどんでもない爆弾を投げつけてきたものだ。あの件は僕と夏姉の間では完全にタブーになっていたはずなのに、わざわざそれを持ち出してくるとは……。夏姉の勝利への執念とは恐ろしいものである。


 だけど、ある意味一番の強敵に勝てたのだから、僕の勝利は決まったようなものだ。同じく強敵になるであろうサリィも、ここまで来て遭遇していないのだから、どこかで誰かによって脱落させられたと考えていいだろう。


 「後は……」


 全力をもって山頂に辿り着くだけだ。足に一層の力が漲った僕は、走るスピードをあげた。


 細い道がやがて尽きた。先ほどの神社ほどの広さではないが、小さな祠がある空間に出た。奥ノ院といったところだろうか。


 「来たわね、シュンスケ」


 その祠の奥から、レインバスターに扮したカノンが、待っていたとばかりに姿を見せた。


 「カノンか……」


 せっかくのレインバスターの衣装が所々破れたり、汚れたりしている。カノンも相当の激戦を制してきたことだろう。


 カノンのことを忘れていたわけではない。敵対すれば強敵になるのは分かっていた。しかし、どこかでカノンとは戦わないだろう、と本能的に思っていた。いや、きっと戦いたくないのかもしれない。どう考えても勝てないからだ。


 「待っていたのか?この僕を」


 「そうね。きっと最後の決着をつけるとするならシュンスケしかいないと思っていたから」


 「どうしてわざわざ待っていた?僕なんか無視して先に進んでいたら、願いが叶ったんだぞ」


 「どうしてかしらね……。でも、それでは駄目なの。シュンスケとは戦ってすっきりしたいの」


 ただそれだけ、と言って指の関節をボキボキと鳴らすカノン。ま、まずい。どうしてカノンがそこまで勝負に拘るか知らないが、拳では絶対に勝てない。


 「カノン!ここは魔法で勝負だ!」


 「え?」


 「魔法を使えるようにしてやる。だから、魔法で勝負だ」


 これは苦肉の策だった。しかし、暴力で挑まれるよりは数十倍マシである。


 「いいわよ。私、格闘技の方が得意だから」


 「お前、さらっと自分の設定を無視したな。あれだけ魔法を使えるようになりたいって言っていたくせに……」


 「それとこれは話が別よ。だって私、どうしても勝ちたいんだもの」


 そこまでして勝ちたいのか……。カノンの願いとやらが気になるが、今は格闘勝負を回避する方が先だ。


 「ええい!うるさい!だったら、僕は遠慮なしに使わせてもらうぞ」


 僕はモキボを展開させた。


 【新田俊助は魔法が使えるようになる】


 と入力するつもりであった。しかし、それよりもカノンの行動が速かった。入力しようと光るキーボードに手をかけた時にはすでにカノンは視界から消えていた。


 「何!」


 カノンの姿を探す暇はなかった。背後から思いっきり右腕をねじ上げられた。


 「イタタタタッ!」


 「腕さえ取れば、あの奇妙な能力は使えないでしょう!」


 馬鹿め。モキボはあくまでも補助。僕が妄想さえすれば、それだけ事が足りる……。痛い!痛い!痛い!カノンが手加減なく腕をねじ上げてくるので、思考がちっともまとまらない!


 「さぁ!観念して諦めないよ!」


 「カノン!お前、そこまでして叶えたい願い事があるのか!」


 「え……?」


 一瞬であるが、カノンの力が弱まった。僕はそれを逃さずカノンの手を振りほどいた。そして間髪容れず、カノンに足払いをお見舞いする。カノンが倒れた隙にモキボを使うという算段だ。


 しかし、カノンは倒れまいとして僕の襟を掴んだ。僕が着ているのは巫女服なので、ちょうど柔道着の投げ技のように掴みやすかったのだろう。だが、流石にカノンも柔道の心得はないらしく、そのまま僕とカノンは重なるように倒れたのだ。


 「おい!危ないだろう!」


 僕はすぐさま起き上がろうとした。しかし、カノンは僕の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめてきたのだ。


 「お……おい」


 華奢で柔らかい感触だった。この体のどこから凶暴な力が発揮されるのか不思議になるぐらいである。それにちょっと汗臭い体臭が生身の女性を意識させ、ドキドキしてきた。


 「カ、カノン……。いつまでこうやって」


 カノンの顔は真横にあるので、その表情は計り知れない。一体、どういうつもりなんだ。


 「ねぇ、シュンスケの願いって何?」


 カノンが囁いた。


 「何だよ、いきなり」


 「答えてよ」


 「それはだな……」


 僕は答えに戸惑った。このレースに参加しているものの、明確な願いがあるわけではないのだ。


 「ライトノベルの作家になること?大好きな声優さんに会うこと?」


 どちらも願いとしては魅力的だ。しかし、そればかりは実力で実現したいものである。


 「それとも、チグサと結ばれること?」


 な、なななな何を言い出すんだ、こいつ。ち、千草さんと結ばれる?ははは、馬鹿なそんなこと願ってどうする。僕と千草さんなんて天と地ほどの差がある。結ばれることなんて……。


 「どうなの?」


 「そ、それは……。千草さんにご迷惑だろう」


 「あんた、本当に馬鹿ね」


 大馬鹿野郎よ、と言ってカノンがさらに強く抱きしめてきた。これはもはや抱擁ではなく、鯖折りだ。カノンの奴、これを狙っていたのか。


 「ぐぎゃぁぁっ!お、折れる!」


 このままでは願いを叶えるとか以前に人生が終わってしまう。なんとかせねば……。


 「こ、こうなったら!」


 僕は僅かに動く手を使って、カノンのわき腹を思いっきり擽った。姑息な手かもしれないが、もはやこれしかない。


 「きゃっ!」


 締め付けるカノンの力が緩んだ。僕は、さらなる擽り攻撃を仕掛けるべく、やや上体を起こしてカノンの腋の下を狙った。


 僕は勢いよくカノンの腋の下を突っつこうとした。しかし、僕の右手は勢い余ってしまい、カノンの着ている衣装の破れた箇所に突っ込んでしまった。むにゅっとしたとても柔らかい微かに隆起物。こ、これって……。


 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 カノンの強烈な張り手が僕の頬に炸裂した。僕は、冗談抜きで吹っ飛ばされた。


 痛い!もの凄く痛かった!でも、あの柔らかな感触が未だに残っていて、痛みが相殺されていく気がした。


 「ば、馬鹿ぁ!信じられない!うわぁぁぁぁぁん!」


 さらなる追加攻撃をしてくるかと思いきや、カノンは涙を流しながら山頂とは逆の方向に走り去っていった。僕はやや呆然としながら去り行くカノンを見送った。


 「と、とりあえず勝てたのかな……」


 でも悪いことをしたかもしれない。機会があったら謝っておこう。




 兎も角も、僕はカノンに勝利できた。あとは山頂の一本松を目指すだけだ。


 本来、他の誰かを一本松に辿り着かせないことだけを考えていたのだが、こうなった以上、願いを叶えてもらおうか?別に『創界の言霊』を悪用しているわけじゃないんだし。


 さて、何を願おう。やっぱり今回のコスプレ写真集の販売を中止させるか?うん。それがいいと思う。


 僕は残された力を振り絞り、祠の奥にあった道をさらに進む。もはや走る体力も気力もなく、とぼとぼと歩く。


 「ん?」


 ばたばたとした激しい物音が後方からした。振り向くと茂みを挟んだ隣の道をばく進する黄色い物体があった。


 「さ、紗枝ちゃん!」


 それは紛れもなく紗枝ちゃんだった。重そうな一眼レフカメラを首にぶら下げながら、レモンバスターの格好で疾走している。


 「さ、最後に紗枝ちゃんとは!」


 紗枝ちゃんのことを忘れていたわけではない。てっきり道中で誰かにやられたとばかり思っていたのだ。


 「先輩!お先です!」


 見るからに体力に余裕のある紗枝ちゃんが僕を追い抜かしていった。もう山頂の一本松が目の前である。


 「ここまで来て負けるわけには行かない!」


 やむを得ない。モキボを使わせてもらう。許せ。紗枝ちゃんを足止めするには……。


 【紗枝ちゃんが好きそうなBLの幻影が出現する】


 これでどうだとばかりにエンターキを押すと、紗枝ちゃんの前に幻影が出現した。


 パンチ一丁の僕に背後から抱きつく同じくパンツ一丁の悟さん……って!何だよ、この幻影!勝つためとは言え、正視に耐えない胸糞悪い幻影だ。


 だが、これで僕の勝利は確定だ。幻影に惑わされた紗枝ちゃんはきっと足を止めるに違いない。


 「紗枝ちゃん!さらば!」


 紗枝ちゃん、ごめんね。君の願いを叶えるわけにはいかないんだ。


 しかし、紗枝ちゃんは、幻影に目をくれることもなく、その真ん中をぶち破るように突っ切っていった。僕の作り出した幻影が薄いガラスのように粉砕された。


 「ば、馬鹿な!」


 『創界の言霊』が通用しない?そんな馬鹿な??紗枝ちゃんって、そういう能力者?なんか幻想をぶち破るとか何とかいうアニメってあったな……。


 僕が混乱の極致にいる中、紗枝ちゃんが一本松にゴールイン。そして僕にも聞こえるような大きな声で願い事を言った。




 「先輩のコスプレ写真が一杯撮れますように!」




 僕の精神が音を立てて崩壊していった。

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