俊助vs夏子

 レリーラ、悟さんとの激闘を制した僕は、山道を登り続けた。山奥にある寺社の参詣道のような小路をしばらく行くと分かれ道に出くわした。


 一方はそのままの傾斜の緩い山道。もう一方は石段であった。石段の先には古ぼけた木造の鳥居が見えた。


 「神社か……」


 体力的なことを考えれば、傾斜の緩い山道であろう。しかし、急勾配の石段を見ていると、こちらの方が山頂への近道に思えてきた。


 決断一瞬。僕は石段を登り始めた。石段は苔だらけで、おまけにそれぞれの段差が均等ではないため上りにくく、何度か転びそうになった。それでも何とか転倒することなく鳥居まで辿り着けた。


 「うわ……」


 鳥居を潜った僕は、境内の惨状に思わず息を飲んだ。神聖な神社というよりも単なる廃屋であった。


 鳥居も本殿もびっしりと苔に覆われていて、手水舎の水は完全に枯れていた。本殿に至っては所々朽ちていて、賽銭箱は半壊状態だった。


 「でも、こんな神社あるってことは、かつては人がいたってことだよな」


 地表の苔に注意しながら参道を進むと、手水舎の隣に謎の石像があった。僕の身長ほどの台座の上に正座をした和装の男性が神妙な顔つきで鎮座していた。


 「誰だよ。これ?」


 台座に文字が刻まれていたが、風化している上に苔だらけなのでまるで読めなかった。


 「ま、いいか。社会科見学でもないんだ。先に進もう」


 と思って、頂上へ向かう道を捜していると、本殿近くでがさがさと木々が揺れる音がした。


 「だ、誰だ?」


 じっと警戒しながら見守っていると、道ならぬ場所からぬっと出没したのは、なんと夏姉だった。まさか道を行かず、斜面をそのまま駆け上ってきたのか。


 「おや?俊助じゃないか。奇遇だね」


 せっかくのハートバスターのコスプレ衣装が汚れたり、傷だらけになっていた。右のわき腹付近に至っては大きく破れていた。最終回直前、悪の神官ザインゴーとの激戦を繰り広げた時のハートバスターのようだ。これはこれでなかなか……って違う!


 「夏姉……」


 思わぬ強敵の出現であった。レリーラや悟さんとの戦いみたいに小手先の技が通用する相手ではない。


 「その様子だと他の誰かとすでに戦ってきたみたいだね」


 「夏姉もか?」


 「うん。美緒ちゃんと秋穂ちゃんを倒してきた。カノンちゃんには逃げられたけどね」


 なるほど。美緒や秋穂では夏姉の相手になるまい。逃げたカノンは懸命だ。


 「俊助は?」


 「悟さんとレリーラを倒してきた」


 「ふん。悟が来ると厄介だと思っていたけど、うまく始末してくれたみたいだね。感謝するよ」


 どういたしまして。僕も美緒と秋穂が来られると厄介だと思っていたので、その点については夏姉に感謝だ。


 「さて。この神社で私と俊助の戦いってわけだ。なんか展開がバトルアニメみたいでわくわくするね。まるで『光闘士翔馬』みたいだ」


 「なら、さしずめ夏姉が虹色闘士で僕が光闘士ってわけだ」


 「悪役は嫌だな。こんな可愛いのを着ているのに」


 「僕に言わせれば、夏姉には悪役要素満載だよ」


 言ってくれるね、とニヤッと笑う夏姉。しかし、目は真剣だった。あれ?ちょっと怒っている?


 「容赦しないよ。俊助」


 声もマジだった。僕が知る限り、この女性は強い。暴力的な強さもさることながら、知能的な強さもはっきり言って勝てる気がしない。これはいよいよ『創界の言霊』を使う時が来たようだ。しかし、どうやって……。


 「威勢のいいことを言っておいて仕掛けてこないの?だったら、こっちから行くよ!」


 僕が逡巡していると、夏姉に先手を取られた。ど、どんな攻撃が来るんだ?


 「こほん。拝啓、夏姉。ごきげんはいかがでしょうか……」


 な、なんだ?いきなり何を言い出すんだ?


 「突然こんな手紙を差し上げて驚かれることでしょうが、僕は夏姉のことが大好きです……」


 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!そ、それは……。ま、まさか!そんな……。


 「ずっとずっと夏姉に憧れて、去年ぐらいからとても好きになり、いつかこの思いを口にしたいと思っていました。だから、夏姉が中学生になる前に言ってしまうと思ったわけです」


 「な、夏姉!や、やめてくれぇぇぇ!そ、それだけは!」


 「え~、どうしてさぁ。こっから先がいいんじゃない」


 「よくない!と言うよりも、卑怯だ!そ、それは……」


 僕が夏姉に出したラブレターじゃないか!そんなものを音読するなんて、なんて卑怯で恐ろしい手を使うんだ。そこまでして勝ちたいのか、夏姉。


 「ふふん。さぁ、このまま続ける?それともギブアップするかい?」


 あ、悪魔だ、鬼だ!僕は自分の心が折れる音を聞いた気がした。


 忘れもしない。僕が小学校五年生の時、つまり夏姉が小学六年生の三月だ。卒業式を終えた夏姉を小学校の校門前で待ち伏せ、あのラブレターを渡したのだ。


 そう。昔の一時期、僕は夏姉のことが好きだった。勿論、異性としてである。美人で格好の良かった夏姉に僕はとても惹かれていた。だから、夏姉が中学生になって離れ離れになる前に意を決して告白してみたのだ。


 しかし、結果は散々だった。


 『あははは。俊助にはまだ五年早いよ』


 ラブレターを渡した翌日、僕を呼び出した夏姉はそう言って断ってきたのだ。僕の初恋が破れた瞬間であった。


 尤も、それ以後も夏姉とは普通に親交を続けられたのは、今思い返しても不思議である。ま、僕自身も三次元にのめり込み、千草さんという女神に出会えたから、今となっては異性としての夏姉には未練はないんだけど、この攻撃はあまりにもひどい。人の黒歴史を穿り返すにも程度があるだろう。


 「さぁさぁ、どうする?」


 「夏姉……。人の淡い恋心を踏みにじるみたいなことをして……」


 「悪いとは思ったけどね。でも、こうしないと俊助には勝てないからね」


 要するに夏姉は全力を出しているというわけだ。ならば僕も容赦なくやらしてもらう。『創界の言霊』を使わしてもらう。


 「夏姉!覚悟!」


 僕は意識を集中させた。相手が夏姉なら、これでどうだ!


 『謎の石像よ!ガラミティー大佐になれ!』


 ぐにゅんと視界が歪んだ。『創界の言霊』が効いている……。


 台座に座っていた石像がすっと立ち上がり、みるみるうちに和装の初老男性が若々しいガラミティー大佐へと変化していった。


 「ガ、ガラミティー大佐!」


 夏姉の瞳が完全にハートになっていた。らしくない黄色い声援まであげている。


 「夏子君。君に会いたかったよ」


 止めとばかりに台詞を口にする。当然、『創界の言霊』の力でガラミティー大佐役の池原修二の声となって発せられている。


 「大佐!私もです!」


 「だが、私は戦いに行かなければならない。私には戦いしかないからな」


 さらば、と言ってガラミティー大佐は、石段を駆け下りていく。


 「待ってください!大佐!行けません大佐!」


 無理矢理に名台詞を口にしてガラミティー大佐を追いかける夏姉。僕は、その姿が消えるまで見送った。


 「か、勝った……」


 終わってみれば呆気ない勝利であった。しかし、僕が負った心の傷はあまりにも大きかった。


 「それにしても夏姉、あのラブレターを暗記しているなんて……。どういうつもりだ……」


 今度問い質してやろうとも思ったのだが、逆に傷口を広げそうなのでやっぱりやめよう。今は頂上を目指す方が先だ。

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