一応この方の結末もお送りします
「イ、イタタタァ……」
デスターク・エビルフェイズは、殴られた右頬を押さえながら、よろよろとした足取りで元いた公園に辿り着いた。
「何だよ、あれ……。卑怯じゃないか……」
あの少年が出した謎の物体。仮に物体Xとしておこうか。とてつもない魔力を持ち、デスターク・エビルフェイズをフルボッコにした。反則的な強さだった。あんなもの勝てるはずがない。
「しかも、何の前触れもなく……。あ~でもよかった。あっちの世界なら間違いなく死んでいたな……」
近くの自動販売機で買ってきた缶コーヒーを飲む。口の中を切っているのか、沁みて痛かった。
「ま、お兄さんと仲直りできてよかった……」
狂言誘拐。人をだますような真似は気が引けたが、結果としていいことをしたのだから、許されるだろう。
「嫌なことばかりだったからな。久しぶりにいいことをすると、気分がいい」
自分は殴られボコボコにされたのに、この高揚感はなんだ。いや、そういう詮索は無用だろう。気分がよければ、それでいいじゃないか。
「山田君?やっぱり山田君か……」
「渡会部長?」
「さっきそこのコンビニ辺りで見かけてね。どうしたんだい?その格好は?ボロボロじゃないか」
「い、いえ。これはちょっと盛大に転びましてね。それよりも部長は?」
「私はこの近辺に住んでいてね」
隣いいかね、と渡会が尋ねたので、どうぞ、とデスターク・エビルフェイズは応えた。
「それにしても三十年か。私と君が入社して。早かったような、長かったような」
「はぁ」
「あの頃はよく二人で飲みに行ったものだね。二人でこの会社を大きくしようと」
「はぁ……」
この山田はそんなことを言ったのだろう。デスターク・エビルフェイズには実感のないことだった。
「実際、会社は大きくなってきた。この不況下でも順調に売上を伸ばし、従業員も増えてきた。私や君の頑張りがその一助になったと思えば、誇らしいことだ」
「はぁ……。でも、私は何もしていません。部長はいろいろご活躍されましたが……」
「それは違うな。確かに私は営業マンとして成績を収めてきた。おかげで来年は取締役との声もある。しかし、それだけでは会社は潤滑には動かない」
「え?」
「伝票を管理する事務員。ビルのメンテナンスをしている総務の社員。我々の商品をを調達してくる生産管理部の人間。その全てが揃わなければ会社の運営はうまくいかない。君もそうだ、山田君」
「私も?」
「ひどいことを言うかもしれないが、君のような社員をどうして社長は解雇しないと思うかね?」
「??」
「この前、社長に言われたんだよ。仕事のできる成績優秀な営業マンばかりだと会社はどうなる?きっと二三年で潰れる。自分の成績にしか興味のない社員ばかりになって、組織としてまとまりがなくなってしまう、とね」
「……」
「そう言われた時、なるほどと思ったんだ。同時に君の存在意義を理解したんだ」
「私の存在意義?」
「そうだ。他の社員は知らないと思うが、私は知っている。オフィスの花、持ってきているのは君だね?」
「うっ……」
「あれだけで事務所の中は和むんだな。それだけじゃない。給湯室のお菓子。人知れず買い足しているのも知っているぞ」
「……い、いや。あれは……」
「女の子達は、いつも美味しそうに食べているね。誰が持ってきているかも知らないで……」
「……」
「流石は我らが社長。ちゃんと見ているところは見ているんだよ。組織には、君のような役回りも必要なんだ」
「部長……」
「もうこんな時間か……。さて、帰るとするかね。どうだね、家に寄って風呂でも入っていくかね?服も私のを貸すよ」
「いえ。そのご好意だけで結構です」
「そうか……」
「失礼します」
デスターク・エビルフェイズは、俯きながら足早に公園を立ち去った。
今度飲みに行こう、と渡会が背後から声をかけてきたが、何も言えなかった。泣いている姿など、かっこ悪くて見せられるはずもなかった。
コンビニで焼酎のボトルとおつまみを買い込んだデスターク・エビルフェイズは、家路を急いだ。随分と遅くなってしまったが、寝酒のつもりで一杯やろうと思ったのだ。
うきうきした気分で自宅アパートの壁を曲がると、人影があった。街灯に照らされたその人影を見て、デスターク・エビルフェイズは、思わず身構えてしまった。
「サ、サリィ……」
「ああ!ようやく帰ってきた!ほら、帰るわよ!」
サリィは、酔っ払っているのだろう。赤ら顔ながら、しっかりとした足取りでデスターク・エビルフェイズに近づいてきた。
「な、何だ……。帰るって、私の家はここだぞ」
「はぁ?何を馬鹿なことを言っているのよ?あんたの家は、エビルパレスでしょうが!まったく、完全にサラリーマンになる気なの?」
「し、しかし……」
「しかしもたわしもないわよ!あんたはデスターク・エビルフェイズ。魔王なのよ。私達も魔王がいないとしまらないでしょう!」
サリィが手首を掴み、ずいずいと引っ張る。そ、そうか……。組織にはデスターク・エビルフェイズのような魔王も必要なのかもしれない。
部下に罵倒される魔王がいてもいいじゃないか。命令を無視される魔王がいてもいいじゃないか。そういう魔王がいても悪の組織として成り立っているのならそれでいいじゃないか。
「サリィ。まさか、ずっと余が帰ってくるのを待っていたのか?」
「はぁ?何寝言を言っているのよ。そんなわけないでしょう」
などと言いながらサリィの手は非常に冷たかった。きっと長い間屋外で待っていたのだろう。
「し、仕方ないなぁ!ま、余がいないと始まらないだろう!よ、よし!帰ってやるか!」
調子に乗るんじゃないの禿、とかなんとか聞こえた気もしたが、今はどうでもいい。
デスターク・エビルフェイズは、とても気分がよかった。
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