悔しくて悲しくて
兄さんのアホバカカス!
秋穂は涙を流しながら、全力で走った。
止め処なく吹き出る汗が背中をびっしょりと濡らすが構っていられない。一分一秒でも早く、このくだらない街を出たかった。
くだらない!くだらない!くだらない!
怒り、悔しさ、悲しさ。今秋穂が抱えるそういった負の感情のすべてを、このオタクの街にぶつけるように心の中で連呼した。
こんな街!兄を変えてしまった街!潰れてしまえばいいのに!
何が限定版CDだ!何が店舗限定特典だ!
ぐだらない!本当にくだらない!
はぁ……はぁ……はぁ……。
流石に息が切れ、喉が渇いてきた。秋穂は走るのをやめ、息を整える。
あの激痛のような辛さがまだ残っていて、口の中が気持ち悪かった。ちょうど自動販売機があったので、ミネラルウォーターを購入。一気に半分近くまで飲んでしまった。
冷たい水が喉を通ると、やや冷静になってきた。何をやっているのだろう。くだらないのは自分の方じゃないか。
そもそもこんな街に来る必要などなかったのだ。大人しく家で留守番をしていればよかったのだ。
あんな女に兄を渡したくない。
あんな女よりも何億倍も兄のことを知っている。
あんな女よりも何兆倍も兄を愛している。
そんな思いで今回、我慢をしてオキバについてきたのだが、結果としては完全に裏目に出てしまった。
カノンは、兄に信頼されていてた。
カノンは、兄がずっと探していたCDを見つけ出した。
カノンは、兄に認められていた。
それに引き換え……。
秋穂は、オタク話が理解できないお邪魔虫だ。
秋穂は、忠告されたのに辛いカレーを注文して食べられなかった。
秋穂は、兄に怒られてしまった。
カノンと兄の絆の深さを見せ付けられ、自分と兄との間の壁を改めて認識した。そして、疎外感だけが残ってしまった。
いや、今日だけではない。部室で失神してしまった夜も、あの日もあの夜も、帰国して以来秋穂はずっと疎外感を抱いていた。
「これからどうしよう……」
冷静になるにつれ、こんな場所に一人いる自分が情けなくなってきた。どうしようも何も家に帰るしかないのだ。しかし、帰りづらかったし、帰った所で秋穂に居場所などないのだ。
「美緒さんの家に泊めてもらおうかしら」
美緒なら喜んで何泊でも泊めてくれるだろう。いっそうのこと、無断で外泊し、兄を心配させてやればいいんだ。
「でも、兄さんは心配してくれるかしら……」
きっと兄のことだ。心配してくれる。
だけど、以前のようにそのことを確信できない。それほど秋穂の心がぐらついていた。
美緒に電話しようか、それとも素直に家に帰るか。悩みながら当てもなく歩いていると疲れてきた。ちょうど公園が見えたので、休んでいくことにした。
噴水前のベンチに座ると、残った水を飲み干した。ふう、と一息ついたつもりだが、深いため息になってしまった。
ふう。
隣のベンチからも深いため息が聞こえた。いかにも疲れた様子のサラリーマンが所在無さそうに座っていた。
見事なまでにつるりと禿げ上がった頭。いかにも安っぽい草臥れたスーツ。缶コーヒーを片手に肩を落としている姿は寂寥感がにじみ出ていた。
この人も疲れているんだ。きっと秋穂には分からない悩みをいくつも抱えているのだろう。
そのサラリーマンがこっちを見た。自分のため息も聞かれたようだ。恥ずかしかったが、自然とそのサラリーマンと目が合ってしまった。秋穂は照れくさそうにはにかんだ。
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