合挽き肉400グラム

 昼飯の後、秋穂の部屋からカノンとレリーラの荷物を一階にある母さんの部屋へ移すことになった。


 カノンもレリーラも、それほど荷物を持っているわけではないが、こういう時こそ男手が必要だろう。僕は率先して手伝おうとしたが、カノン、秋穂の両方に断られた。


 「兄さんはデリカシーありませんね。女の子には見られたくないものがあるんですよ」


 「そうよ。デリカシーないわね」


 「下着なんか見せられないですよ。特に大きいのと小さいのが一緒になっている場合なんて、目も当てられません」


 「そうよそうよ……って!どういうことよ!」


 「さ、兄さんは部屋で宿題でもしていてください。あ、アニメは見ては駄目ですよ」


 「ちょっと待ちなさいよ!そこまで言うのなら、ちゃんと見せ合って勝負しましょうよ!こら!無視しないでよ!」


 「カノン、勝負はやめとけ。自分が悲しくなるだけや……」


 そんな女性陣の会話に一抹の不安を抱えながらも、僕は自分の部屋に入った。ま、そこまで言うのなら女性陣に任せよう。しょうがない。アニメで見るか。


 『ちょっと!勝手に人の下着見ないでよ……』


 『やっぱり……カップか……。ふふ』


 『何がおかしいの?人の胸を馬鹿にするんじゃないわよ!そういうあんたは、何カップなのよ!』


 『私は……カップです』


 『うっ……』


 『カノン!泣くなや!泣いたら負けや……』


 隣から漏れ聞こえてくる会話。何やら一色触発の雰囲気だが、気にしない気にしない。関わりたくない。


 僕は、アニメに没頭することにした。罵声怒声泣き声が聞こえてきても構うもんか……。


 撮り溜めていた『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』をヘッドホンをつけて観賞していると、いつの間にか夕暮れになっていた。うん、嫌なことを忘れるのにはやっぱりアニメだな。


 ヘッドホンを外して恐る恐る部屋を出る。静かなものだった。引越しは終わったのかな?


 一階に下りてリビングを覗いてみると、ぐったりとソファーにもたれかかっているカノンがいた。そして、その正面に座る秋穂は、優雅にお茶を飲んでいた。


 「……。晩飯にするか?」


 「そうですわね、兄さん。お昼はご馳走いただきましたから、晩御飯は私が作りますわ」


 「いいって。今日は僕が作るよ。カノン、買出しだ。ついて来い」


 「……嫌よ。起き上がれないわ」


 気弱げに拒否するカノン。何があったか知らないが、今日は勘弁してやるか。


 「しゃーない。一人で行ってくるか」


 「兄さん。私が一緒に行きますわ」


 すっと立ち上がる秋穂。


 「いいよ。疲れているんだから、今日は休めよ」


 「いいえ、行きます。行かせてください」


 と言いながら、掌をぶんぶんと振る秋穂。なんだその手は?拒否すればビンタなのか?


 「まぁ、そこまで言うのなら。カノン、留守番頼むぞ」


 ふあい、とカノンが気の抜けた返事をした。




 家を出た僕と秋穂は、マルヤスを目指した。つい二週間ほど前、千草さんと並んで歩いた道。千草さんの時は、ちょっとでも長く一緒にいようとわざと遅く歩いたものだが、秋穂であれば平常運転。さっさと買い物をして帰ろう。


 「兄さん、歩くの早いです」


 つい気が逸ってしまったようで、さきさき歩いてしまっていた。


 「すまんすまん」


 「兄さん、疲れているんですから、もっとゆっくり歩いてください」


 「疲れているんなら、家で休んでいればいいだろう?」


 「何か言いましたか、兄さん」


 秋穂が右手を胸元まであげた。い、いえ、何でもないです。


 「兄さん、随分と変わりましたね」


 ぽつりと言う秋穂。


 「そうか?まぁ、一年も会わなければ、そう感じることもあるだろう」


 「いいえ、変わりました。兄さんが女の人と親しく話している姿なんて見たことありません」


 「そんなことないだろう。夏姉もいるし、美緒もいるだろう」


 「足利さんも美緒さんも、小さい頃からの知り合いでしょう?でも、カノンさんは違います。日本に来て四ヶ月ぐらいでしょう?よく仲良くなりましたね」


 うっ、秋穂の奴、なかなか鋭い。カノンの奴は、仲良くなるも何も、僕が原作者だし、ある意味カノンのことを一番良く知っている。まぁ、いろいろと設定は変わっているけどね。


 「あいつとは仲良くと言うか、それなりにコミュニケーションを取らないといけないだろう。一緒に暮らしているんだかさ」


 「そもそも兄さんはよく許諾しましたよね。外国人の女性と同居することを」


 またまた鋭い所を突いてくる。あいつはいきなりやって来たのだから、許諾するような場面もなかったのだ。


 「父さんの無茶振りなんて今に始まったことじゃないだろう。嫌だなんて言った日には、仕送りが止められてしまう」


 「まぁ、そうでしょうけど……」


 不服そうに呟いた秋穂。さらに何か言いたそうに口を開きかけたが、マルヤスに到着したので会話が途切れた。


 「ハンバーグでいいか?それとも日本食みたいなのがいいか?」


 僕はカゴを片手にし、後にいる秋穂の訊いた。


 「何でもいいです。兄さんが作ったものなら」


 何でもいい。それが一番困るんだが……。


 「遠慮するなよ。カノンの奴なんか、食い意地張っているから、いちいち注文つけてくるんだぞ」


 「私は、あの人とは違います」


 秋穂は間髪容れずに言った。ま、そこまで言うのなら、僕に任せてもらおう。


 僕は精肉コーナーへと向かう。そこには馴染みになっている従業員のおばちゃんがいた。僕は肉系の食料を調達する時は、いつもこのおばちゃんがいる時間を狙って行くことにしている。僕のことを気に入っているらしく、いつもおまけしてくれるのだ。


 「こんばんは」


 「こんばんは。あれ?今日はまたかわいい女の子連れて……。彼女かい?」


 「はい。そうです」


 「ち、違いますからね!妹です!」


 女子を連れているといつも同じことを聞いてくるおばちゃんもおばちゃんだが、秋穂も秋穂だ。さらっと真剣な顔で嘘をつくんじゃないよ。


 「妹さんかね。へぇ、カノンちゃんといい、この前の美人さんといい、もてるねぇ」


 おばちゃん!余計なことを言わないで。ただでさえ秋穂は気が立って……い、痛い!背中の肉を思いっきりつねるな!肉が薄い分、本気で痛いぞ!


 「で、今日は何にするんだい?」


 「ハ、ハンバーグ用の合挽き……四百グラム……」


 「はいよ。じゃあ、今日もおまけしてあげるね」


 背中から伝わる痛みに耐えながら、僕はなんとか合挽き肉を手に入れることができた。

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