友達じゃないですか
千草さんと二人でお買い物!ショッピング!
千草さんに恋焦がれて一年余り。まさかこんな機会が巡ってこようとは思ってもみなかった。
あるいは夢なのかもしれない。何度も何度も何度もそう思って、手の甲をつねったり、頬をつねったり、いろいろしてみたのだが、どうやら夢ではないらしい。現実なのだ。
僕の隣、数センチの距離で千草さんが歩いている。それは紛れもない現実。
僕は、この現実を未だに完璧には受け入れられずにいる。千草さんはどうなのだろうか?こんなオタク野郎と一緒に歩いていることについてどう思っているんだろうか?
「ち、千草さん、いいんですか?その、僕なんかと一緒にいて……」
「はい?何がです?」
千草さんが不思議そうに聞き返してきた。
「ほら、僕と一緒にいたところを誰かに見られたら、冷やかされたり、変な噂を立てられたり……」
「気にしませんよ、そんなこと」
ひどくあっさりと千草さんは言った。意外なほどに即答だったし、意外な返答だった。
「でも、僕って、ほら、オタクでクラスの連中からあんまりよく見られていないから……」
「私はオタクだからって色眼鏡では見ませんし、こうして新田君と歩いているのも、自分から言い出したことですから。だから気にしません」
言いたい人には言わせておけばいいんです、と断言する千草さん。その清清しさに涙がこぼれてきそうだった。
「新田君って、カノンさんや楠木さんにはざっくばらんに話すのに、私にはちょっとよそよそしいですね」
「そ、そりゃそうですよ。千草さんみたいに美人で清楚なお嬢様に気軽に話しかけられませんよ。畏れ多い」
「やっぱり、みんなそう思っているんですね……」
千草さんが悲しそうに声のトーンを落とした。あれ?まずいことを言っちゃったか?
「でも、私は、クラスのみんなが思っているようなお嬢様じゃないですよ。今日だって夕食のお誘いがなければ、カップラーメンで済ませようと思っていたんですから」
ふふっ、と笑う千草さん。千草さんとカップラーメン?それはまたなんとも不似合いな……。
「冬場なんかはジャージで過ごしていますし、お風呂に入って『あ~肩凝った』なんておばさんくさいことも言います。私だって普通の女の子なんです」
幻滅しました?と問われたので、僕は激しく首を振った。
「だから、やっぱり羨ましいんです。同年代の男の子と対等に話をしているカノンさんや楠木さんが」
羨ましい……。確か、前にデスターク・エビルフェイズに襲われた千草さんを救出した時も、そのようなことを言っていた。
「千草さんだって、友達とかいるじゃないですか?」
そのような質問も、その時にしたような気がする。
「どうなんでしょう?新田君やカノンさん、楠木さんの関係を友達というのなら、私にとっての友達なんていないでしょうね」
「でも、ほら。クラスでもよく人と喋っているし、ピアノのスクールとかにもいるでしょう?あ、海外にもお友達がいるんじゃないですか?」
「確かにお喋りはしますけど、クラスメイトというだけです。他愛もない会話をするだけで学外での交流なんて全然ありません。お休みの日はピアノのレッスンばかりで、お友達と遊びに行ったことなんてほとんどありません」
「……」
「ピアノのスクールも同じですね。海外の友達なんてもっともっと無理です」
私って友達いないんですね、と寂しげに呟く千草さん。ち、千草さんが落ち込んでいる?は、励まさないと。
「そんなことないですよ。カノンは、単に親父の知り合いの娘さんだし、美緒にいたっては知人です。友達じゃありません」
「そう思っているのは新田君だけですよ。友達じゃなければ、一緒に晩御飯食べませんよ」
「だったら、僕と千草さんも友達じゃないですか」
と言ってから僕は激しく後悔した。な、なんて大胆なことを言ってしまったんだろうか。しかも、勝手に千草さんを友達扱いして……。
しかし、当の千草さんは、嬉しそうに表情を明るくさせた。
「本当ですか?」
「ほ、本当ですよ。僕もそうだし、カノンだって美緒だってそう思っていますよ」
カノンは無愛想だが、やはり千草さんを気にかけているのは間違いない。そうでなければ、今回の勉強会に入ってくることはなかっただろう。
美緒もそうだ。奴にいたっては、一年生の時に千草さんと同じクラスだったのだ。
「お友達……。そっか、お友達か……」
千草さんが嬉しそうに友達友達と呟きながら、胸元で手をぎゅっと合わせた。そこまで喜んでもらえれば光栄です。
僕は僅かながら千草さんに近づいた。千草さんは気がついていないのか、それとも許容してくれたのか、そのまま距離で歩いてくれた。
もうしばらくこのまま歩いていたい。しかし、目指す『マルヤス』が見えてきた。
「あ!あれが『マルヤス』ですね」
スーパーなど縁がないだろう千草さんが見るからに興奮していた。今まで見たことのない千草さんの表情。こんな表情を見られるのも友達の特権なのだろうか。ちょっと、いや、かなり嬉しかった。
「何を笑っているんですか?何か私、変なことを言いましたか?」
きっと僕の顔がにやけていたのだろう。千草さんが不安そうに顔を覗き込んでいた。ち、近い。千草さんの顔が近い。
そこで不意に思い出したのは、赤松千尋とのこと。あいつが僕の頬に軽くキスをした光景が鮮明に浮んできた。
「な、なな何でもないですよ。さ、さぁ、行きましょう」
僕は早足になり、千草さんの一歩前に出た。 真っ赤になった顔なんて見せられるものではなかった。
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