ぎこちないスクエア

勉強会はいかが?

 夢のような同人誌即売会が終わると、学生にとっては恐怖と怨嗟の的でしかない中間テストなるものが待っていた。


 僕にしてみても、テストなるものは不愉快以外の何ものでもなかった。


 テスト一週間前はクラブ活動は休みになるし、一応テスト勉強をしないといけないので、大好きなアニメを見るのもセーブしなければならない。いいことなんて何もないのだ。


 兎に角、テスト勉強中、そしてテスト期間中は、僕にとっては苦痛でしかない。いや、苦行か。


 まぁ、テスト結果などはどうでもいい。一年生の中間テストの頃からずっと学年総合一位なので、今回また一位を取ったところで特別感想があるわけではなかった。ちなみには二位は僅差で千草さん。テストの順番であっても千草さんの傍というのは嬉しいものである。


 意外だったのはカノンである。あやつは、なんと学年総合で七位を獲得したのだ。


 よくよく考えてみると不思議ではない。何しろカノンには、こっちでの生活に困らないよう、モキボの力を使って僕の知識を与えたのだ。


 だが、それだけでは学年七位は獲得できまい。何故なら、僕が知識を与えた以後については、カノン自らが勉強しなければならないからだ。要するにカノンは、僕が与えた知識を活用しながら、ちゃんとテストに必要なだけの思考力を身に付けていたということなのだ。これは驚くべきことであり、賞賛に値する。てっきりお頭の弱い子だと思っていたのに。


 しかも、日本史に関しては学年で二位を獲得したのだ。僕が五位だったから、日本史に関してはいつの間にか僕を凌駕していた。それについてカノンに尋ねると、


 『面白いからシュンスケの家にある本を時々読んでいただけよ』


 などとさらりと言ってのけたのだ。家にある本とは、僕の父親が置いていった歴史関連の本のことだろう。僕の父親は歴史マニアで、歴史小説だけではなく、大学教授が読みそうな専門書まで網羅していた。父親の書斎にはそれらの本が所狭しと収納されている。カノンは、時折そこにある本を読んでいたのだ。


 僕としては、たとえ苦手な日本史であったとしても、カノンに負けたという悔しさがないでもなかった。しかし、だからと言って、次はカノンに負けじと日本史を猛勉強する気にもなれず、時間だけが淡々と過ぎていった。ふとそんなことを思い出した頃には、期末テストが目前に迫っていた。




 「勉強会をしようよ、俊助」


 期末テストを一週間後に控えたある日の昼休み。いつものように二年A組にお昼を食べに来ていた友達のいない美緒が突如そのような提案をしてきた。


 「却下だ」


 僕の脳内スパコンが三対零で美緒の提案を却下した。流石は僕のスパコン。処理速度も速く、判断も的確だ。


 「何でよ!別にいいじゃんか!」


 「よくも悪くもない。わざわざ勉強会なんて開く必要なんかないんだ。僕もカノンも優秀だからな」


 僕と美緒の会話などそっちのけで弁当にがっついていたカノンが、自分の名前が出てきたためか、何か呼んだと言わんばかりにこっちを見てきた。おい、ほっぺにご飯粒がついているぞ。


 「私が勉強を教えて欲しいのよ!」


 箸を握り締める美緒の絶叫には魂が篭っていた。さもありなん。美緒はあまりお勉強ができないのだ。まぁ、壊滅的ではないらしいのだが……。


 「いいじゃないですか。教えて差し上げても」


 と、ここで天使のお言葉。最近何かとお昼を一緒にする機会が多い千草さんだ。しかも、カノンのほっぺについていたご飯粒を取ってくれるという天使っぷり。


 「で、いつにするんだ?勉強会」


 僕は手帳代わりの携帯電話を開ける。いつでもオッケーだぞ。


 「なんか無性に腹が立つけど、ま、いいか……。 今度の土曜日なんてどうよ?テスト前の土曜日はちょうど休みだし」


 「土曜日にどうよって……。ま、しょーもない洒落は置いておくとして、土曜日だな。いいだろう」


 洒落じゃないわよ、とむきになって抗議する美緒。はいはい。そういうことにしておこう。


 「僕は出掛けるのが億劫だからお前が来いよ。お菓子とジュース持参でな」


 「え~、面倒臭いわね。まぁ、いいけど」


 などと言いながら妙に嬉しそうな美緒。そうか、そんなにも今度のテストもやばいのか?


 「あ、あの……。私も混ぜていただいてもよろしいでしょうか?」


 じっとこちらを見て、会話の隙に入ろうと伺っていた千草さんがおずおずと切り出した。はっはっはっ、何を言っているんですか、千草さん……。


 「ええええええええ?」


 僕は驚きのあまりに声を上げた。その僕の声に千草さんが驚きのあまり目を丸くしていた。


 「あ、あの……。駄目でしょうか?」


 「駄目じゃないでしゅ!駄目じゃないれす!」


 駄目じゃない、駄目じゃないです。駄目なわけないじゃないですか!いや、しかし、千草さんが僕の家で勉強会?いや、そんな……。本当ですか?


 「チグサは頭いいんだから、そんな必要ないんじゃないの?」


 こらカノン!なんてことを言うんだ!折角千草様が我が家にお出でになるのだ。確かにそのとおりかもしれないが、余計なことを言うな。


 「私、あまり誰かと一緒にお勉強とかしたことなくて……。だからと思ったんですが、お邪魔でしたら遠慮しますけど」


 「千草さんが遠慮する必要はないですよ。我が家は千客万来!オールウエルカムですよ。お互いに切磋琢磨すれば、ますます成績も伸びるというものです」


 「そう言っていただけると嬉しいんですけど……」


 千草さんが伺うようにカノンに視線をくれる。千草さん、一応家の主は僕なんですけど?


 「別に駄目なんて言ってないじゃない」


 カノン!なんだそのツンデレ風の言い方は。千草さんに失礼じゃないか!


 「じゃあ、お邪魔させていただきますね」


 あくまでも低姿勢の千草さん。カノンのデレのないツンデレにも嫌な顔をせず、にっこりと微笑んでいた。やっぱり人間ができていらっしゃる。


 「それでは土曜日にいらしてくださいね。ああ、住所分かります?学校から歩いていけますので……。あ、お土産なんかいりませんからね」


 僕は簡便な地図を書いて千草さんに渡した。これなら分かります、と受け取る千草さん。流石千草さん、物分りがいい。


 「何よ……。私の時とえらい違いじゃない……」


 不満そうに口を尖らせる美緒。しかし、千草さんに夢中の僕は、そんな美緒の仕草などまるで気にならなかった。

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