幼女は魔獣と戯れる

 「ようじょーーーーーーー!」


 グランドをダッシュで横断した僕は、幼女の手を引き、校庭の隅にある体育倉庫裏へと連れて行った。


 「おお、兄ちゃん。出迎え大儀であったぞ。しかし、なんでこんな人気のないところに……。はっ、兄ちゃん、あかんで。オレ、心の準備が……」


 「そういう冗談はもういい!どういうつもりだ、これは!家で大人しくしてろって言っただろう!」


 「しゃーないやんけ。暇で暇で死にそうやもん。折角、あの陰湿なストーカーから逃げてきたんじゃ。オレも遊びたいわ」


 噛み付かんばかりにわめくレリーラ。わ、わめくな!こんな場面を人に見られたら、本当に僕はこの学校で居場所を失くしてしまう。


 「とにかく帰れ。別に僕だって遊びに来ているわけじゃない。そもそも……」


 「しっ!くそっ、この感じは……」


 レリーラが忌々しそうに舌打ちしながら、体育倉庫の影から顔を覗かせた。僕もつられて顔を出すと、グランドをうろうろと動き回るカノンがいた。僕を追って来ただろうか。


 「来るで!」


 レリーラが空を見上げた。僕もそれに倣うと、何かが落下してきた。


 その落下物は、ずうんと大きな音を立てて、グラウンドの中央に着地。真っ黒な球状の塊で、表面は甲羅のようなものが覆われている。大きさは校舎の二階部分まであるだろうか。


 「相変わらず趣味の悪いおっさんやなぁ……」


 レリーラが頭を抱え嘆息しているうちに、その球体は下部から二つに割れ、全体の大きさと比較してあまりにも小さい足がうねうねと無数に出現した。そのまま物体、いや生命体は、球状から長細い楕円形状になった。僕の知る限り、この生命体は……。


 「ダ、ダンゴムシ」


 ワラジムシ目の虫で、土を掘り返せばかなりの確率で出現してくる、刺激を与えると丸くなるあいつだ。


 「あいつの魔獣の趣味、どんどん悪くなっていくな。そのうち昆虫記書けるんちゃうか?」


 魔獣というよりも魔虫だろ、と突っ込みを入れたくなったが、今はそんな場合ではない。


 「おい、レリーラ。あの虫と知り合いなのか?」


 「あほ!虫と知り合いなわけないやろ!それよりもええんか?兄ちゃん。あんなやつ、そのまんまにしとったら、学校大騒ぎやで」


 レリーラに指摘され、ようやく僕が気がついた。ここは学校なのだ。まずい、まずい!これは本当にまずい。


 「何とかしないと……」


 僕は咄嗟にモキボを出した。現実世界と断絶した別の空間を作り出したり、時間の動きを止めるような結界的なものを作り出さないと。


 「とにかく!そういうものだ!」


 僕は、とあるライトノベルに出てくるそういう結界の名前を打ち込み、エンターキーを押した。


 すると、赤黒い光がドーム上に広がり、ちょうどグランド部分を覆った。こ、これでなんとかなったのか?


 「ほへー!兄ちゃん、凄いな!凄い力やな。魔法使いけ?魔法使いなんけ?」


 感心しきりの幼女。ふふん、凄いだろ。


 「よし!これで存分に戦える!カノン!」


 僕は、カノンの姿を捜す。カノンは、ダンゴムシの前で尻餅をついていた。


 「カノン!やるぞ」


 「う、うん……。でも……」


 スカートについた砂を払い落として立ち上がるカノン。その視線は、ダンゴムシの上の方に注がれていた。


 「ふふふ!見つけたぞ!カノン・プリミティブ・ファウ!」


 ダンゴムシの上に仁王立ちする人影。マントを羽織い、白いアイマスクをしていた。またか……。またややこしい奴が登場してきたのか……。


 「誰だ?あいつ?」


 僕はカノンに聞く。カノンは首を傾げる。


 「な……。私の名前を知らないやと?教えてやる!私は、リンド・バオルム。魔王軍のきっての頭脳派や!」


 マントをばさっと広げて大見得を切るリンド。リンド・バオルム?こいつが?


 僕の描いたリンドは、男前ということになっているが、残念ながらマスクをしていて顔は分からない。しかも、関西弁って……。しかも、レリーラと違い、関西人が聞いた怒りそうなイントネーションのおかしい嘘っぽい関西弁だ。ん?そういえば、リンドって確かレリーラと婚約し、魔王軍に操られた某国王子のことでは……。


 「おい!幼女!」


 僕はレリーラを体育倉庫裏から連れ出した。


 「あ、あかんって、兄ちゃん」


 さあ、感動のご対面だ。とっとと幼女とダンゴムシを連れて帰れ、似非関西弁野郎。


 「ん?幼女には用はない。カノン・プリミティブ・ファウ!それにその協力者!いざ、尋常に勝負や!」


 あれ?この幼女がレリーラだと気がついていないぞ。


 「おい!リンド。お前の婚約者がここにいるぞ!」


 あかん!あかん!とわめくレリーラ。無視だ無視だ。出会った頃の仕返しだ。


 「ふざけるな!その幼女がレリーラだと!初対面のくせに失礼にもほどがある!私のレリーラは、もっとばいんばいんだ!」


 ばいんばいんだ、ともう一度言うリンド。そう強調しなくても……。ん?またしても違和感が。


 「カノン。確認のために聞くが、昨日レリーラを見た時、すぐにその幼女がレリーラだと分かったよな?」


 「分かったわよ。だって先輩なんだもん」


 「でも、リンドの奴は、幼女を見てもレリーラとは分からなかったぞ。奴のレリーラ像は、僕が描いたものと近い。少なくとも幼女じゃない。これはどういうことだ?」


 「え?ええ?」


 カノンは、明らかに困惑していた。


 「そもそも、向こうの世界のお前は、魔法を使えたのか?レリーラの話じゃ、使えなかったようだが、僕の書いた世界のカノンはちゃんと使えていた。それに、その胸だ。向こうにいたお前は巨乳だったのか?それともやっぱり貧乳だったのか?」


 「……。分かんない……、分かんないわよ」


 激しく首を振るカノン。貧乳と言っても怒らない。相当混乱しているようだ。


 「分かった。お前はあまり深く考えるな」


 うん、と力なく頷くカノン。顔からは怯えの色が消えなかったが、カノンのことだ、すぐにケロリと忘れるだろう。


 だが、これではっきりとした。一連の現象は、僕の書いた『魔法少女マジカルカノン』の世界が何者かによって書き換えられたというような単純な話ではない。カノンの知るレリーラと、リンドが知るレリーラは、明らかに別のキャラだ。そう、まるで『魔法少女マジカルカノン』に似て非なる世界が存在しているかのようだ。


 「ごちゃごちゃうるさいな!さっさと勝負せいや!カノン・プリミティブ・ファウ!」


 勝負だ勝負!と地団太を踏むリンド。魔王軍きっての頭脳派は泣くぞ。 


 「まぁ、単純な馬鹿で助かった……。カノン、やるぞ。ってカノン?」


 まだ頭が混乱しているのか、カノンは、視点が定まらずぼさっとしている。


 「兄ちゃん、今のカノンじゃ無理や。頭使いすぎてオーバーヒートしとる。ここはオレに任せとけや」


 レリーラが掌につむじ風を発生させる。おお、レリーラは風使いか。これは僕の設定どおりだ。


 「おお!ちゃんと魔法が使える!心強い!」


 「ふふふっ。ええ機会やわ。このどぐされストーカー。二度とオレの目の前に立てんようにしてやる」


 自分の正体がばれていないことをいいことに、恐ろしいことを口走るレリーラ。顔も悪い顔になっているぞ。


 「オレが勝負してやるわ。仮面おやじ!」


 「仮面おやじやない!これでも見目麗しい美男子や!それにこのアイマスクはな、我が愛しきマイハニーの笑顔があまりにも眩しすぎるからしてるんや」


 その愛しきマイハニーは、目の前で悪態を吐いているんですが……。まぁ、展開としては面白いから黙っておくことにしよう。


 「うっさいわ、ボケ!さっさといてこましたる!」


 「なんて下品な言葉……。おー怖い怖い!それに比べて我がスイートハニーレリーラときたら、純粋で言葉少なく……」


 「どっせーーーーい!逆巻く風ぇぇぇぇ!」


 レリーラが両手を左右に大きく振った。突風がリンドに向かって吹き荒れる。


 「お淑やかで、胸も芳醇で……う、どわぁぁぁぁぁぁ!」


 巨大ダンゴムシの上にいたリンドが突風で飛ばされていく。こいつ、これで出番終了か……。なんて地味な奴。


 「そのまま脳天からアスファルトに落下して脳みそぶちまけろ!ボケ!」


 消え去ってからも悪態を吐くレリーラ。そんなにもリンドが嫌いなのか。


 「レリーラ!アニメ化された時に採用されないような台詞を吐いている場合じゃないぞ。あのダンゴムシをなんとかしろ!」


 「分かっとる、兄ちゃん!オレに任せとけ!」


 レリーラの足元に風が起こり、その力を使って大きく飛躍する。


 「虫をやってまうのは忍びないけど、堪忍やで!風の刃!」


 びゅんという風を切る音がしたと思うと、ダンゴムシの体が複数に切断された。目に見えない音速の風が、刃となってダンゴムシを切り刻んだのだ。


 「往生せいや!」


 着地したレリーラがきめ言葉を発すると、何故か切断されたダンゴムシが爆発。僕が作った結界も収束していった。


 「どや、兄ちゃん。オレ、かっこよかったやろ」


 文字どおり、ドヤ顔をするレリーラ。うん。これはかなりの戦力になるな。


 「ああ、これでなんとか急場は凌いだか……」


 リンド・バオルムという面倒臭そうなキャラが増えてしまった。それに思考が停止したままのカノン。またややこしい展開にならなければいいのだが……。

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