イルシーのお説教

 イルシーが連れ出したのは、校舎の屋上であった。普段、生徒の出入りは禁止されている場所で、屋上へ通ずるドアもしっかりと鍵をかけられている。しかし、イルシーは、そんなことに頓着する素振も見せず、ポケットから取り出した針金で見事にドアを開けてしまったのだ。


 「ピッキングかよ!」


 とんだ犯罪者だ。お巡りさんに通報したくなってきた。


 「まぁまぁ。非常事態ですし、勘弁してもらいましょう」


 イルシーがドアを押す。四月の眩しい太陽の光と、ちょっと肌寒い風が舞い込んできた。


 「話があるなら、屋上である必要はないだろ?」


 「駄目ですよ。こういうのは雰囲気なんですから」


 イルシーが一足先に屋上に出る。僕も渋々続いた。


 「で、何だよ?僕はこう見えて忙しいんだ」


 これからクラブに出て、買い物をして、家に帰る。そしてカノンに謝る。目を回すぐらいのハードスケジュールだ。


 「駄目ですよ、シュンスケ君。とりあえず謝って事無きを得ようとしては。逆に火に油を注ぐ結果になってしまいますよ」


 「お前!一部始終聞いていたのか!」


 「どうしてカノンちゃんが怒ったか。シュンスケ君は、本当に分かっています?」


 僕の突込みを完全にスルーして、さっきと同じ質問をしてきたイルシー。どうしてカノンが怒ったかって?


 「分かっているよ。寂しいんだろ?あいつ。千草さんに指摘された」


 僕は正解を言ったつもりなのに、返ってきたのはイルシーの深いため息であった。


 「ふう。シュンスケ君がもてないのは、オタクだからじゃないですね、絶対に」


 「余計なお世話だ」


 本当に余計なお世話だ。別に女の子にもてたいなんて考えたこともないんだからね。


 「駄目ですよ、シュンスケ君。カノンちゃんとこれからもちゃんとやっていくためには、ちゃんと女心を理解しないと」


 駄目駄目なシュンスケ君のために教えてあげましょう、と上から目線でイルシーが言った。


 「シュンスケ君がチグサさんをモデルにしてカノンちゃんを書き上げた。まぁ、これは仕方ないでしょう。事実なんですから。でもね、カノンちゃんはカノンちゃんなんですよ。誰それがモデルとなったとカノン、という肩書きは嬉しくないんです」


 分かります?と顔を近づけるイルシー。分かるはずもない。


 「ましてや自分のモデルなった人物が現れて動揺しているんです。自分はチグサさんと言う人の代わり、チグサさんという人から派生した妄想の産物。そんな風に考えちゃっているんですよ。そこへ輪をかけてチグサさんがモデルであることを喜べなんて言ったら怒りますよ。ええ、怒りますよ」


 「どうしてお前が怒るんだよ」


 そりゃ乙女心が分からないと怒りますよ、とイルシー。ずいっと僕に詰め寄ってきた。


 「いいですか?むきになったカノンちゃんもカノンちゃんですけど、今日はシュンスケ君が頭を下げる番ですよ。分かっていますね?」


 そう言われて、僕はややむっとした。 折角、千草さんのおかげでカノンへの怒りが沈静化し、嫌々ながら僕が謝って喧嘩をお仕舞いにしようと思っていたのに、またふつふつと蘇ってきた。


 僕に百パーセント非があるなら、土下座でもなんでもしてやる。でも、今回のことについては、僕に何割の非があるというのだ!カノンの方が平身低頭謝罪すべきだろう。


 「何ですか、その顔は?あからさまに嫌な顔をしない!」

 イルシーはぷんすか怒るが、聞く耳持たなかった。


 「いいですか!ちゃんと謝るんですよ」


 念を押すイルシーだが、当然僕は従うつもりはなかった。

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