僕の女神
月曜日の学校というのは憂鬱になるものらしい。
日本中の学生、いや、社会人ですら『明日が月曜日』という現実に拒否反応を示し、日曜日の夕方にやっている国民的アニメが終わると憂鬱な気分になるといわれている。
確かに学校へ行くというのは憂鬱である。ましてや楽しい休日が終わってしまうとなると、憂鬱にならない方がどうかしていると思う。
しかし、僕は月曜日というのが割りと待ち遠しい。何故かと言うと、テレビ帝都の月曜深夜枠にはアニメが多いから。午前十二時から続けざまに四本立てで放送しており、どれも話題の作品ばかりなのだ。
その中でも特にお気に入りなのが長岡京アニメーション製作の『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』。主人公の少年が宮司をしている神社の弁天様が、どういうわけか実体するというラブコメである。これもライトノベルが原作で、僕は完全にノーマークだったのだが、弁天様の声が野矢ちゃんであると知って見始めたのだ。
現在、第三話まで終了しており、今日の第四話で主人公を意識し始めた弁天様と主人公の間でちょっとエッチでムフフな展開があるらしい。かなり楽しみだ。
「何をニヤニヤしているのよ?気持ち悪いわね」
どうも僕の気分がそのまま顔に出ていたらしい。朝のホームルームが始まるのを自分の席で待っていると、カノンがそう指摘してきた。
「ふふん。なんとでも言え。月曜日の僕は上機嫌なんだ」
「だから今日の朝食は割りと豪勢だったのね」
まぁ美味しかったからいいけど、と相変わらずの食いしん坊なカノン。そういえばこいつ、僕が上機嫌なのをいいことに、密かにご飯をおかわりしていたな。しかも大盛りで。
いつもなら『晩飯に米なしの刑』を執行するところだが、月曜日に限っては許す。僕の心は、インド洋にだだっ広いのだ。
「うぇっ、なんか気持ち悪い」
僕が上機嫌でニコニコしていると、カノンがとんでもなく失礼なことを言いやがった。だが、それさえも許せる今日の僕。アニメの力は偉大だ。
押しなべて、こういう日にはいいことばかり続くものだ。『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』が放映されるまでの約十六時間あまり、きっとハッピーの連続に違いない。
「幸せそうなのはいいけど、また魔王デスターク・エビルフェイズが襲ってくるとも限らないんだから、気を緩めないでよね」
「はいはい。分かっているよ」
適当な相槌を打っていると、不意に教室の雰囲気が一変したように感じられた。
一陣の清涼な風。それがむさ苦しい教室に流れ込んできた。そんな感じだ。
そして、僕はこの空気を醸し出す正体を知っている。僕にとって、アニメ以外で唯一心安らぐ存在。
彼女は、緊張した面持ちで教室に入ってきた。それに気がついた教室の男ども―僕もそのうちのひとりなのだが―は顔がにやけ、遠慮なく彼女を見つめる。しかし、そんな視線に対しても彼女は超然としており、おろおろと戸惑った風に自分の席を捜している。
すると、彼女の友人らしき女子が彼女の席を教えてあげた。彼女は弾けんばかりの笑顔でその女子に礼を言って、その席に落ち着いた。僕の右斜め二つ前の席だった。
「誰?あんな子、いたっけ?」
カノンが疑問に思うのも無理はない。彼女は、フランスか何処かの国で行われたピアノの国際的なコンクールに参加するため、新学期からこの方、ずっと欠席していたのだ。
しかし、僕はカノンの問いには答えず、ずっと彼女を見ていた。見た目だけではない。彼女から溢れ出ている雰囲気そのものが、見ているだけで飽きさせなかった。
「ねぇ!ちょっと聞いているの!」
劈くようなカノンの声が耳元で響いた。至福の時間を妨害された僕は、無言の抗議とばかりにカノンを睨んでやると、カノンは不機嫌そうに口をゆがめていた。
「なんだよ?」
「あれ誰よ?今までいなかったでしょう?」
カノンが彼女を指差す。失礼な奴だ。
「彼女は……」
と僕が言いかけると、彼女の方が席を立ち、こっちに近づいてきた。
「あなたが、海外からの留学生ですか?」
彼女との距離はわずかに数センチ。しかし、僕などには目もくれず、穏やかにカノンと相対していた。
「そ、そうよ」
「はじめまして。千草顕子です。新学期早々お休みしていて、今日が初登校になるんです。よろしくお願いしますね」
「う、うん」
名乗りもせず、ろくに挨拶も返せないカノン。僕は腹立たしくなり、わき腹を小突いた。
「名前ぐらい名乗ったどうだ?」
「分かっているわよ、うっさいわね」
カノン・プリミティブ・ファウです、と不愛想に言うカノン。そんなカノンに対しても、カノンさんって読んでいいからし、と優しく接する千草さん。本当に女神だな、彼女は。
「……。新田君とはお知り合いなの?」
千草さんが急に僕の方へ話を降ってきたので、鼓動が急上昇した。千草さんに話しかけられた……。本当に今日はいい日だ。
「え、ええ。まぁ……」
僕は緊張のあまり、うまく喋れなかった。それでも僕は幸せだ。昇天してしまいそうだ。
しかし、僕の幸福の一刻は長く続かなかった。それはクラスメイトの何気ない一言だった。
「あれ?千草さんとカノンちゃんってなんか似てない?」
どきんと心臓が激しくきつく鼓動を打った。その衝撃で心臓が止まってしまうかと思った。
そうなのだ。千草さんとカノンは似ている。それもそのはず、カノンの見た目のモデルは千草さんなのだ。
ただ、似ているといっても瓜二つではなく、二人並べばどことなく似ているという程度。それでも二人を姉妹かと見間違ってもおかしくなかった。
だが、決定的に違うのは胸だ。千草さんのお胸は、相当おありになる。カノンの平原とはまるで違う。全然違う。
「そうかしら?自分の顔ってあんまり分からないから……」
似ているかしら?、とよりにもよって僕に聞いてくる千草さん。僕は何と応答したか覚えていないほど不明瞭な言葉でその場を取り繕った。そこでちょうどふらふらと年恵先生が教室に入ってきたので、千草さんとカノンが各々の席に戻っていった。
その去り際、カノンが何か言いたげに口を開きかけたが、結局そのまま何も喋らなかった。
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