女神の帰国

カノンのいる生活

 まさかの魔王デスターク・エビルフェイズの出現で、一時はどうなるかと思ったオキバでの戦いであったが、思わぬ結末を迎えてしまった。


 まぁ、面倒なことにならなかったからよかったのだが、あれだけ道路を陥没させたり、炎とか出しまくっていたのに、パトカーやら消防車が一台も駆けつけなかったのが不思議だ。うん。あまり深く考えないようにしよう。


 結局、オキバにいきながら、メイド喫茶にいっただけで、何一つオタクっぽいことができなかった。新作グッズや掘り出し物を得ることもできず、言いようのない敗北感と疲労感だけを土産に帰路についた。


 「カノン。今日は飯を作らんぞ。出来合いのものでいいな?」


 カノンもいささか疲れた様子で、力なく頷いた。


 僕とカノンは近所のスーパーに寄って、お惣菜をいろいろと物色する。こういう状況でもカノンの健啖家ぶりは発揮され、自分好みのお惣菜をぽんぽんとカゴの中に入れていった。まだこっちの世界に来て数日しかたっていないのに、すっかり日本食に順応している。羨ましい性格だ。


 「お前、そんなに食うのかよ」


 カゴの中を確認すると、すでに二人分以上のお惣菜のパックが入っていた。しかもほとんど揚げ物。


 「そうよ。疲れているんだから、しっかり食べないと」


 発想が体育会系だ。もう一層のこと、魔法少女をやめて戦士とかモンクとかになればいいよ。


 いつもなら文句のひとつでも言って、お惣菜をひとつふたつ減らすところだが、今の僕にはそんな気力もなかったし、まぁこのぐらいの贅沢は、という思いもあったのだ。


 『……って待てよ。なんか、カノンのいる生活を享受し始めているし、カノンに対して甘くなっていないか?』


 重いスーパーのビニール袋を両手にしながら、はたと気付いてしまった。あれだけ平穏なオタク生活を望んでいたのに、カノンがかき乱す生活をすっかりと受け入れようとしていた。しかも、僕が両手で荷物を持っているのに、カノンの奴は手ぶら。これではまるで主従関係だ。


 か、勘弁ならん!僕は、何かひとつびしっと言ってやろうとカノンに視線を合わす。その視線を感じ取ったカノンが、そっと僕が持っているビニール袋に手を伸ばしてきた。


 「重いでしょう?ひとつ持つわ」


 「あ、うん」


 完全に毒牙を抜かれてしまった僕は、片方のビニール袋を渡した。カノン、お前もそういう気遣いができるのか……。


 「な、何よ。人の顔をじろじろと見て」


 「いや、何でもないさ。それよりも早く帰って飯にしよう。流石に僕も腹が減ってきた」


 「そうね」


 カノンのいる生活。何気に悪くないと思ってしまった。




 スーパーに寄っていたため、家に辿り着いた時にはすっかり暗くなっていた。


 携帯電話で時刻を確認すると、午後七時ちょうど。晩飯には頃合だ。


 玄関ドアの鍵を開け中に入る。するとカノンが、


 「ねぇ、人の気配がするんだけど……」


 と物騒なことを僕の耳元で囁いてきた。


 「マジかよ。戸締りはちゃんとしたぞ」


 一人暮らしを始めてこの方、戸締りだけは細心の注意を払ってきた。加えて美緒の不法侵入対策もあったので、防犯に関しては人一倍気を遣ってきたのに。


 「そうとも限らないわよ。サリィとか魔王デスターク・エビルフェイズなら、魔法で簡単に入ってくるわ」


 持って、とビニール袋を突き出すカノン。僕が受け取ると先に家にあがり、足音を立てず廊下を進む。こいつ、忍者のスキルも持っていたのか?


 リビングに近づくと、カノンは一度振り返り、居間の中を指差した。この中にいるということだろうか?


 僕も、ビニール袋をそっと置き、家にあがる。カノンの如く、そろりそろりと廊下を歩く。


 カノンが両手を前に出し、指を忙しなく動かした。キーボードを打っているように見えるから、モキボを出せってことなのか?僕は小さく頷きモキボを出すと、カノンが頷き返した。そして、ばっと素早い動作でリビングの中に入った。


 「何者!」


 カノンが声を出し、続いた僕が照明を点ける。もしサリィや魔王デスターク・エビルフェイズといった連中なら、モキボを使ってカノンを武装させなければならない。


 しかし、そこにいたのは予想外の―ある意味予想できたことでもあるのだが―人物であった。


 「ひっく、ひっく。遅いですよ、二人とも」


 リビングにいたのは涙目、涙声のイルシーであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る