終わりよければ

 その時、ふと閃いたことがあった。


 僕の『創界の言霊』は、世界を変える力を持っている。しかし、僕が未熟なためうまく使いきれていないし、どこまで力が有効に働いているのか、未だに把握できていない。今のところ、カノンについては有効に働いているのだが、ひょっとすれば敵方にも通用するのではないだろうか?


 以前、ケロベロスの時は失敗した。ただ、あれはケロベロスの存在を消滅させるという、物語としては反則技だったからであり、物語として有効であれば通用するのではないだろうか。


 物語として有効で、サリィを撤退させる方法。それはひとつしかない。僕は二人に背を向け、モキボを出現させた。


 【その時、魔王デスターク・エビルフェイズの声が響いた】


 グフフフフゥ、と地響きのような声がした。デスターク・エビルフェイズの声だ。僕が想像したとおりの声だったから、間違いない。


 「デスターク・エビルフェイズ……!」


 カノンの何かを噛み締めたような声が聞こえた。


 「サリィ、もうよい。下がれ。これ以上の戦闘は無用だ」


 デスターク・エビルフェイズが喋っている。しかし、この台詞は、僕がモキボで打ち込んでいるものだ。


 「しかし……」


 困惑した様子で反論しようとするサリィ。よし、うまくだまされている。


 「下がれて申しておる」


 「しかし、『白き魔法の杖』は?この女、持っていないとはぬかしていますが?」


 『白き魔法の杖』?それは魔王を倒すための最重要アイテムだ。先述したとおり、魔法で大賢者の試練をクリアしないと手に入らないものであり、カノンが持っているはずのないものである。


 そういえば、カノンは『白き魔法の杖』もないのに、彼女の世界ではデスターク・エビルフェイズの居城エビルパレスにいたのだろう?疑問に思ったが、とりあえず置いておこう。


 「言わせておけ。いずれ真実は分かる。今は、こちらに戻って来い」


 分かりました、と素直に応じたサリィ。やった、成功だ。サリィが、あの禿が……、と呟いたように聞こえたが、気にしないでおこう。


 「勝負はお預けよ。絶対、あんたの恍惚の表情、見させてもらうからね」


 「ふん。負け犬。とっとと犬小屋に帰れ」


 また撤退ムードを台無しにするような悪態をつくカノン。サリィは、悔しそうに舌打をしたが、攻撃を仕掛けてくるようなことはなかった。


 「それからそこの坊や。今度あったときは、お姉さんが快楽の扉を開けてあげるからね」


 いつかは開きたい扉だが、絶対にあいつだけには開いて欲しくない。僕が迷惑そうな表情を浮かべてやると、そういう表情もそそられるとか言ってサリィは消えていった。


 「はぁ……」


 ようやく終了。ちゃんと物語として成立したらしく、気がつけば僕とカノンは、鉄塔の麓に立っていた。周囲を見渡しても、西洋風の塔は見当たらなかった。


 「ふ~ん。あんた力、そういう風にも使えるんだ」


 「ば、ばれていたのか?」


 カノンは全てお見通しだったようである。サリィを騙せたから、カノンにもばれていないと思っていたのだが。


 「だって、私はあんたの力を知っているわけだし、あんなタイミングでデスターク・エビルフェイズの声がしたら、おかしいって思うわよ」


 なるほど。勝手な先入観でお頭が弱い子だと思っていたが、なかなか鋭い洞察力である。


 「それと……」


 急にもじもじし始めるカノン。ん?トイレにもでも行きたいのか?


 「あ、ありがとうね。助けに来てくれて……。それにこの服も」


 「そんなことか。気にするな」


 本当に気にすることではない。これはカノンの戦いであると同時に、僕の戦いでもあるのだから。


 「私、凄く寂しかった。シュンスケがいなくなって、とても寂しかった。それで、サリィに捕まってもシュンスケは助けに来てくれないと思っていた……。だから、嬉しかった……」


 今度は急に泣き出すカノン。ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、言葉を詰まらせる。


 泣くことはあるまい、と思ったが、カノンの気持ちを斟酌してやれば涙のわけも理解できる気がした。彼女にしてみれば、たった独りで異世界に来たようなものだから、寂しいし、誰かに頼りたいし、泣きたいのだろう。


 「泣くなよ。僕も悪かった。もうぺったんことか言わないから」


 「……そうよね……」


 カノンの口調が変わって、僕は自分の失言に気がついた。しかし、時すでに遅し!


 「私、シュンスケの傍にいるわ。魔法も使わせてもらわないといけないし。そうなるとやっぱり折檻は必要よね」


 カノンの掌が迫ってきた。僕は、恐怖で動けなくなっていた。


 「よ、よせ!」


 やがてカノンの掌が僕の顔面を多い、きりきりと頬、こめかみ、おでこにカノンの指が食い込んでいった。


 薄れる意識の中で、これが僕とカノンの結びつきの強さなのだと思った。

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