救出、そして

 イルシーとともに塔が出現した場所に向かうと、紛れもなくそこには西洋風の塔が佇立していた。


 ケロベロスの時とは違って、周囲に風景自体は何も変わっていない。よく見かける送電線と、それを支える鉄塔があり、西洋風の塔以外は、何らおかしな点がない、山中の風景であった。


 僕はその塔の前に立ち、上を見上げた。塔の外周はそれほどでもないが、高さはかなりあるようだった。鉄塔と同じぐらい、いや、それ以上かもしれない。


 「カノンはこの中にいるんだな?」


 エレベーターとかないんだろうな、と観念しつつ、僕はイルシーに確認した。もし違っていれば、まさしく骨折り損である。


 「間違いありません」


 自信満々に言い切るイルシー。ぽよんと揺れる豊かな胸。よし、信用してやろう。


 僕は塔の入口に当たる木戸を開けた。中は薄暗かったが、かろうじて外光を取り入れる窓はあるらしかった。


 「よし、行くぞ」


 「頑張ってくださいねぇ」


 イルシーは手を振るだけで、一歩も動こうとしなかった。


 「おい!来ないのかよ」


 「私が行ってもお役に立てませんから。さぁさぁ、急いでください」


 イルシーの言い方に何か引っかかるものを感じながらも、今はカノン救出を急ぐことにした。


 塔の中に入ると、想像したとおり、フロアの面積としてはそれほど広くなかった。というよりも、真ん中に石を組み上げた大きな柱があり、それに巻きつくように螺旋状の階段があるだけであった。


 「これ何階まであるんだよ……」


 体力には自信があったが、それにも限度がある。鉄塔と同じ高さだとすると、相当の高さだ。そこまで上りきれるかどうか。


 その時、ふと閃いた。ここで僕の『創界の言霊』が使えるのではないか?


 僕は胸の前で手をかざしてモキボを出現させた。考えながらタイピングする。


 【最上階まで瞬間移動した】


 エンターキーを押してみたが、何も起きなかった。これは物語として認められなかったようだ。僕は再びモキボに触れた。


 【最上階まで行くエレベータみたいなものが出現した】


 エンターキーを押す。すると柱の一部が突如として崩れ、その中には人一人分が乗れる大きさのゴンドラがあった。


 「これに乗れってことか……」


 ゴンドラの扉を開けて中に入る。自動的に扉が閉じられ、ゴンドラが上へ向かって動き出した。


 「うわっ!」


 かなりスピードだった。僕は思わず地べたに座り込んだ。


 「速い!速すぎるぞ!」


 絶叫マシーンは苦手なのだ。た、助けてくれぇぇぇぇぇ……。


 数分後、いや実際は数秒後かもしれないが、僕にとっては地獄のような時間がようやく終わった。ゴンドラが止まり、扉がひとりでに開いた。へっぴり腰の僕は、這い蹲りながらゴンドラから出た。


 「く、くそっ……。カノンの奴め。僕をこんな目に遭わせやがって」


 なんとしてもカノンを助け出して、同じ目に遭わせてやる。このゴンドラが無理でも、遊園地かどこかの絶叫マシーンに乗せてやる。


 やる気が出てきた僕は、よろよろと立ち上がる。目の前には木戸があった。


 ドアノブに手をかけると、中から声が聞こえた。この声は間違いなくカノンだ。


 「カノン!」


 僕は木戸を思いっきり押し開けた。僕の背後から光が差し込み、部屋の中を照らす。


 「シュンスケ!」


 カノンは両手を鎖に繋がれている状態だった。しかも、服が破かれていて、胸が露になっていた。予想より貧相な胸だ。僕のやる気が急に萎えていった。


 「そ、そこ!あからさまにがっかりしない!それに見るな!」


 カノンは胸を隠そうとしたようだが、両腕を繋がれているので当然隠せなかった。


 「見ない見ない。というよりも、ないに等しいだろ」


 「シュンスケ……。後でぶっ殺してあげる」


 ドスの利いた声で言うカノン。やっぱり助けるのやめようかな。


 「ちょっと、あんた誰よ?折角いいところなんだから邪魔しないでよ」


 別の女の声がしたのでそちらを見ると、スタイル抜群の美女がいた。僕にはそれが誰なのかすぐに分かった。


 サリィ・ブラウだ。『魔法少女マジカルカノン』に出てくるカノンのライバル。


 魔王軍四天王のひとりであるが、実は聖ホロメティア王国の没落貴族の娘で、御家再興と王国への復讐のため魔王軍に組している。


 悪役ながら気高く美しいキャラクターで、ひょっとすればカノンよりも人気が出るんじゃないかと危惧していたほど、僕としても思い入れのあるキャラクターであった。


 ぺったんこのカノンとは違い、サリィのプロポーションは、作中とほとんど変わらない。荒縄と蝋燭を持っているのが気になるが……。


 「あら?よく見ればそこそこ可愛い顔をしたいい男じゃない。ちょっとお姉さんに苦痛に歪んだ顔を見せてみない?」


 サリィが蝋燭を傾け、溶けた蝋がぽたりと地面に落ちる。


 「こいつは性格が変わっていたのか……。悪役でも卑怯なことを嫌う気高いキャラだったのに、単なるドSキャラかよ」


 僕は頭を抱えたくなった。僕に代わってこの物語を改変している奴は、一体どういう趣味をしているんだ。


 「何を言っているのよ?ほらほら服を脱ぎなさい。それとも脱がして欲しいの?ビリビリにしてあげる」


 僕は後ずさる。おいおい、ここまで悦に入ったドSキャラだと、ライトノベルには相応しくないだろう。早くやっつけて、物語として元に戻さないと。


 「カノン、やるぞ」


 僕はモキボを出す。


 「う、うん。その前に、そいつの力で服をどうにかしてよ」


 「知らん。贅沢を言うな」


 「ちょ、ちょっと!こんな姿で戦えって言うの!?」


 僕はカノンの叫びを無視して、キーボードを叩く。


 【カノンの両腕に炎が宿り、鎖が溶け出した】


 エンターキーを押すと、カノンの両腕に炎が出現した。勢いよく燃え盛り、やがて鎖が解け始めた。


 「ふんっ!」


 溶けて細った鎖を引きちぎるカノン。両腕の鎖も解け落ちる前に蒸発し、完全に消滅していた。


 「な、なんで!あんたが魔法を使えるのさ」


 蝋燭と荒縄を落とすサリィ。鳩が豆鉄砲を食らった顔とは、まさしく今のサリィの顔である。


 「ほらよ、着ろ!」


 僕は制服の上着を脱いでカノンに渡した。燃えないだろうか心配したが、制服は燃えることなくカノンの手に渡った。。


 「あ、ありがとう……」


 魔法少女の衣装にブレザーの上着。なんともミスマッチだ。


 「さぁ、やれ!後は任せたぞ」


 「うん!」


 カノンがシャドーボクシングのように両手の拳を交互に突き出す。その度に両腕の炎が激しく揺れた。


 「ふん!どういうことか分からないけど、俄か魔法使いに負けるもんですか!」


 サリィの目の前に氷の杖が出現した。『凍える氷の杖』。杖の全体から氷の結晶が吹き出している、氷系の魔法を得意とするサリィの武器である。


 「さっきのお礼よ!全部、燃やし尽くしてやる!」


 「できるものならやってみなさい!ぶっとい氷柱を穴という穴にぶち込んであげる!」


 炎対氷の魔法対決。緊迫の一戦が始める。

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