第298話「天明の子」
ハルは深く真っ暗闇の世界で夢を見続けているのだろう。その夢が多少なり、あたたかく幸せなものであるようにひかりは願っていた。
「俺、もう行くね」
翠が踵を返す。そちらへ目を向けた時、建物の陰から顔を出す人影を捉えた。学生のようだが、目元の傷はヤケドだろうか。ジャスもそれに目ざとく気づき、軽い語調で問いかける。
「ガールフレンドデスか?」
「違うし。あれは後輩、ウチ中高一貫だから中学生だけど。あの時旧都にいたらしくてさ、懐かれてんだよね」
「
「こらァ!」
意気揚々と話しかけたリリィをツタで引き戻し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。彼女はさらに身を潜めてしまった。
「ったく……。行くよ香帆」
「は、はい」
歩き出しかけた翠はふと立ち止まり、ひかりへ向き直る。そして無邪気な子供に似た笑顔でニッと笑ってみせた。
「またな」
「はいっ」
立ち去っていく後ろ姿を見送り、ジャスがぽつりと呟く。
「彼ら若者の未来も貴女方の選択の末デス」
「そろそろリリィ達も帰りまショウ、シロウサギが「早くしろ」って念を送ってマス」
「あれェ、分かっちゃったァ?」
その声にギョッとしたひかりの前へシロウサギが顔を出す。彼がリリィとジャスのもとにいるなど、ひかりは聞いていなかった。リリィもやや不満げな様子で声をあげる。
「ウサギは待てが出来ないんデスかー? 下僕失格デース」
「アリスが一緒に行くって言うから従ってるだけでェ、キミの下僕になったつもりはないんだけどなァ」
目を丸くするひかりにジャスが説明した。二人は現世のことが分からないアリスを引き取っていたのだという。本体を同じくするシロウサギももちろん、ついてくるしかない。
「帰ろうよォ。ボクあんまり、こいつが好きじゃないんだよねェ……」
「OK. リリィもヒカリの顔が見られて満足ナノデ、大人しく帰りマース。アリスと遊ぶ約束もありマスから」
「では、失礼シマス」
リリィがジャスの車椅子を勢いよく押し出し、遠くに見えるリムジンへと駆けていった。それをのっそりと追って足を出したシロウサギがひかりを睨みつける。
「気に食わないなァ? ヒトの顔色伺って好きだった子を閉じ込めた、臆病者がさァ」
「ッ……」
「バイバァイ、
独り残されたひかりは唇を噛み締めた。
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