第247話「先の地獄に」

 はたと気がつくとひかりは立ちすくんでいた。耳を一気に貫いてくる轟音、叫び声、咆哮が脳みそを嬲る。霧が遠く空を覆う中で火が辺りを照らしていた。

「──ひッ」

 そこは街だったのだろう。奥でビルが崩れ落ちていき、人間達が逃げ惑っている。それを追う妖怪が牙を鳴らして笑い、騒ぎ、人を喰らっていた。その惨劇を煌々と照らすのはガソリンが引火した車や火だるまの人間だ。

「どうしてこんなことに」

「そりゃあもちろん、あたしが祠を開いたからだ。クソガキがどうも出てこねえからよ」

「天逆海……様、ですね」

 大きく裂けた口から牙が覗き、血なまぐさい息を吐いている。ひかりなどひと噛みで真っ二つにしてしまいそうなほど鋭い歯がずいと近づいてきた。すかさずジャスと社地が前へ出る。

「このレディに傷をつけられては困りマス、奥サマ?」

「んなこたァ分かってら。だからぶっ殺してやるんだよ……死屍子を呼びつけるためにな」

「濃い瘴気を孕んだ霧が漂っております。すでにこちらへいらしているはずでございましょう」

 社地の言葉に天逆海が顔をしかめ、次の瞬間ものすごい速さで腕が振り下ろされる。間一髪でジャスの結界が間に合ったものの、地面へ突き立てたナイフは突風で外れてしまった。

「あれは死屍子じゃねえだろ。混じり気のあるもんは要らねえ、あたしは純粋な力が欲しい」

「天逆海様はわたしの母、天明あかりと面識があったそうですね。力の取引をしたと」

「テメーには関係ね──」

「ありますッ! 答えていただきます、何が何でも……!」

 天逆海のこめかみに青い筋が浮く。拳が握られた瞬間ひかりの口が素早く祝詞を唱え、真っ直ぐ飛んできた攻撃はピタリと止まる。

「祝詞の結界か……厄介な」

「高天原にいる間、神々の力に触れて多少わたし自身の能力も上がったのは分かっていました。質問の答えを聞いてません」

「チィッ、仕方ねえな。その通り。あたしは初めあのクソどもと手を組んでたよ」

 地響きを上げて天逆海が後ろへ引いていく。代わりに出てきたのは阿用郷と茨木、二匹の鬼だった。燃え盛る車を握り潰して彼女は低く笑う。

「計画が上手く行けば、あいつを手下として従えられる約束だった。だけどどうだよ、フタを開けりゃあ安倍のクソ息子がいいとこ持ってく気らしいじゃねえか。あぁ? ふざけてんじゃねえよ、だったら自分でぶん取る」

 追いすがろうとしたひかりを止めたのはさすまたと金棒だった。

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