第246話「装束」
「こちらが出口となります。おっと、少々お待ちくださいませひかり様」
水面へ顔を出そうとしたひかりを引き留めて社地がうっすらと微笑んだ。あの向こうに何が起きているのか、一刻も早く知りたい。逸る思いを汲み取ったようにおとめが優しく頭を撫で、次の瞬間思いきり腕を引かれた。
「いたッ……!」
「はぁい完成。大事な子に痛い痛いさせてしもて堪忍な」
「何するんですか、もう」
ホッと胸に手を当てた時、いつもの布地とは違う滑らかな触り心地があった。それは唐衣と表着と単を重ね着し、紫色の袴に天明家の白い紋章を入れ込んだ女性神職装束だ。母が着ていたのを見て以来、自分ではとんと身につけたこともない代物だった。頭に触れると釵子まである。
「これ一級の……わたし、まだ神職資格さえ取ってないんです!」
「そうなんどすか? ひかりちゃんの机に置いてたもんやからてっきり、もうなられてるものか思てましたわ」
「ねえ、そもそも勝手に部屋入っちゃダメじゃん!」
翠の叫びをジャスが諌める。呆然とするひかりに社地はそっと告げた。
「ひかり様の兄上様が以前からご用意なさっていたようでございます。ご自身が特級ですので白袴は譲れなかったご様子ですが」
「で、でも法律が」
「今更法など通らぬわ。最早ついてこられぬ軍隊を率いる国家など当てにならんじゃろ」
「皆さんも頑張ってるんですよ」
千愛は扇子で顔を隠しながら鼻で笑った。紫の袴を翻し、表着の慣れない重さを全身に感じる。十八歳の身の上でこの国の神職達でも特に位の高い装束を着てしまったことが申し訳なかった。
「誇っていいんデスよ。貴女はそれを着ても見劣りしないほど、素敵なレディになりマシタ」
「リリィ達はこの国のルール知りマセンけど!
「見た目など些末なことよ。もっと胸を張りなさい、あなたはこの混乱に射した光なのだから」
飾り紐が水中になびいている。今だけはこの紫の装束にも食われないほどの度胸が欲しい。両手の先を見つめるがあの糸は現れなかった。千切れてしまった繋がりを取り戻すために少しでいい。
「勇気を」
鮮やかな赤眼を思い浮かべ、水面へ浮かび上がった。
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