第239話「帰路へ」
ひかりへ二匹の鬼が迫っていた。怯えた目から涙が零れる。咄嗟に飛び出してさすまたの前に立ち塞がると、その鬼は顔をしかめた。
「吾輩の邪魔をするな」
死屍子の咆哮にもかき消されず、しかし声を荒らげたわけでもないのにはっきりと聞こえた。形を成した両手を広げ、鬼の目を見据える。もう一匹の鬼が金棒を振り下ろすのを避けようとしたが、思考に身体が追いつかない。結界まで吹き飛ばされる。
「どけ。人間の小娘」
「……ッ」
足がすくんで身体が震えていた。こう動こうと思っていても、死屍子を宿した身体なくしては何も出来ないのだった。
──それでも、ひかりが怯えている。
「……ッあ、ヴ……!」
「気概でどうにか出来るものか。魂をへし折って二度と出てこられなくしてやろう」
「吾輩のさすまたで貫いてやる」
二匹がハルの方へと向く。ひかりは逃げることもなく、その場で唖然とし立ち尽くしていた。彼女にまともな判断力が戻るまで、耐え抜かなければならない。眉間にシワを寄せた瞬間、さすまたの乱れ打ちが迫っていた。全身に鋭く熱が走り、力が抜ける。
「何故護る、そこまでして。我らを恐れ震えているというのに」
さすまたと金棒の間で嬲られ、まるで本物の肉体があるかのように痛む。倒れそうになっても歯を食いしばり、拳を振りかざした。
「ふむ、分からんな」
「もういい。そいつは放っておけ、俺達の役目はあちらだろう」
二匹の目が動き、ひかりへと動く。拳を振りかざすが簡単に跳ね返され、腕に激痛が走った。ひかりが光の柱を落として対抗している。鬼達はどんどんと迫っていた。
「きゃあッ!」
ひかりの頭が押さえ込まれる。鬼が結界の中に向かって何か話しているらしい。追いすがろうとしたハルの耳に雄叫びがつんざいた。
ここにいる、自分自身が。人としてのハルはどうしようもなく無力で、今まで死屍子の力に助けられてきた。今もそれに縋らなければひかりを守れない。自分一人では、何も出来ないのだから。
(力を、貸してほしい……!)
身体が一気にどろりと崩れ去った。影のように素早くヒビへと動き、隙間に滑り込む。真っ暗闇の中に反響する咆哮に腕を伸ばした。
「共に行こう。アンタ達は私自身だ、そして私はアンタ達のもの。もう離れることは出来ないさ」
懐かしい確かな感触。今なら体内にこだまする様々な憎悪の声を受け入れられた。
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