第240話「その真意」

 未だ反発してくる者も多く、全身に力を入れていなければ弾き出されそうだ。しかしここで負けるわけにはいかない。前へ踏み出すと手足と首の拘束がピンと張り詰め、進まなくなる。霧となった身体の一部を固めて伸ばすと手の形へ変わった。

「ハルちゃん……帰ってきてしもうたんやな」

『ひかりを放せ……。放せ……!』

 真っ黒な霧は全て自分自身なのだ。意識すると体内で何かが蠢くような感覚が微かにある。ヒビの縁を掴んだ手にも触感が存在していた。

「あーもー、ひいこら言いながら引き剥がしたのに水の泡になってしもたわ。ハルちゃんはちょーっと眠っててな」

 晴明が目配せをすると遼が現れ、拳を握る。その手に巻かれた数多くのお札に腹を打ち抜かれると、身体から力が抜け霧も掻き消えた。見上げた先に遼の悲しげな顔がある。

「僕がちゃんとお役目を果たしますから」

「な、にを……ッ」

「いいんです。あなたは何も知らない方が、幸せでしょう。シロウサギ達はそう思っていないようですけれど……この国には「知らぬが仏」ということわざも存在しますから」

 ぼんやりした頭にひかりの声が響いた。ヒビから射し込む光が眩しく、目を細める。



「血の繋がりはなくてもわたしの妹です」

 不意に胸を刺し貫かれた。ひかりにとってハルは妹だったのかと、それ以上に大切なものにはなれなかったのかと目を見開く。ヒビが埋まっていく中、真っ直ぐな彼女の眼差しが最後に映った。

「……はは、そうだよな」

「ハル? どうしたの、顔色が悪いわ。死屍子のせいで体力を使い果たしたのかしらね」

「母さん」

 今更、どうしようもない気持ちなのは分かっている。世界は覆らないし、世の理には逆らえない。死屍子という自分と天明の子という彼女の立ち位置はそこ以外で交わることはないのだ。

「母さん、アンタ達の思惑は大体読めた。本物は式神として処理した上で、遼が死屍子封じを演じる……。天明家から安倍家に役目を移し替えるつもりだったんだな」

 遼が何度も拘束の結界を使い、訓練じみたことをしていたこと。三人の言動。そこから読み解いた答えだった。あかりが頷く。

「その通りよ。ひかりが魂をアマテラスという器に縛られないようにね。封じ込めた一族そのものを変えれば、逸話自体がひっくり返るはずだから」

「そうか……」

 ハルはスッと顔を上げる。

「一つ、提案がある」

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