第233話「似た恋を願う」

 襖の向こうに近づいてくる誰かの気配に目覚める。玉菜前が静かに姿を現した。ハルの入った水晶玉を持ち上げてどこかへ歩き出す。

「天明ひかりとその仲間達が来たわ。千愛様はあなたを結界に封じたまま、会わせるつもりのようだけれど」

 遠くから微かに数を数える千愛の声がする。そして子狸や子狐が走り回って、物に化けたり姿を隠したりしていた。どうやら遊んでいるらしい。視界の隅をはしゃいだリリィが通り抜けていく。

「霊体は現世と繋がるための媒介を使って声を出すの。井戸や柳の木、皿を使う者もいる。だけれどあなたには出来そうもないでしょう」

「……ッ」

「それじゃただの心霊現象じゃない」

 キンと鳴るばかりで声にはならない。必死に口を動かして叫ぼうとするハルの姿を覗き込んで、玉菜前はふと問いかけた。

「ハル。輪廻転生を頼りにできる? 私は正直、その循環は長過ぎると思うわ。例え死んでも輪廻の中で再び出会えるなんて言ってても、その子達の死は悲しむべき現実」

 ハルには玉菜前の話すことの全てが理解できたわけではない。しかし何となく、玉菜前の意見は身近なことのようだった。そう、自分は知っている。死に絡め取られた者達がどれだけの数存在し、どれほどの時間を死屍子の中で過ごしているのかを。スムーズに輪廻転生に移れるのはただひと握りの達観した者だけだ。ほとんどの生き物はその場の生にしがみつく。

「だから。私はあなたに後悔のないようにしてあげるわ、彼女と同じ現世の風を身に受けて肌に感じなさい」

 玉菜前は急に向きを変え、来た道を戻り始めた。先ほどより早く進んでいき部屋に入った瞬間、水晶玉を振り上げる。そして台座の布を払い、下に組んであった鉄の骨組みに思いきり打ちつけた。ひび割れたところから身体が染み出し、魚眼レンズのかかっていた視界が元に戻る。

「私に出来ることはここまで。後はあなたが彼女を見つめ、何をしてあげたいか考えて。……叶わぬ恋が叶う日を、あなたにも幸せが巡る時を願ってる」

 彼女も同じく苦しんだのだろうか。潤んだ瞳が水晶の欠片と同じように光っていた。玉菜前はきっと実らないと思っていたのを掴み取ったのだ。そしてハルにもそれを祈ってくれている。

 行かなければならない。真っ黒な塊となってハルは部屋を飛び出した。

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