第223話「天井近くまで」
ぽつ、と一人寝転んでいた。先ほどまでの芝生と城が消え去り、部屋らしい場所へ大量に詰め込まれたクッションに埋もれている。身動きさえまともに取れない状況で、痛みが消えていることに気づいた。
「気分はどうだい。ハル君」
「……あぁ?」
無性にイライラしている時に猫なで声で話しかけられると余計に腹が立った。動くのも面倒で視線を動かすが、声の主はクッションの下らしかった。
「君が不安になった時、あの子を心配している時。これらは不意に降ってきてこの部屋を埋め尽くすのさ」
「アンタ、誰だ」
「君のためを思って今まで大人しくしてたのに、忘れてしまったのかな。僕は仁科誠だよ」
「はッ!?」
勢いよく起き上がったハルにクッションが蹴飛ばされていく。途端に胸をナイフで突き刺されたような痛みが走り、様々な憧憬が駆け巡った。
『違うんです……わたし、天明の子じゃないです。違うから殺さないで……喰べないで』
『怖かった……っ』
そのどれも、ひかりが恐れ震えている光景だった。全身の熱が引いていき焦燥感に駆られた。
「いッ……こ、の」
「もうお分かりだね? ここは精神世界、そして君の、世界だ」
「教授」
「クッションはあまり崩さない方がいいよ。ハル君が妖樹の街で目を覚ました後、思いがけず動かしてしまってね。その時の君の焦りといったら」
すうっとクッションの下から誠が顔を出す。彼の首や肩はこの山の中をすり抜けていた。精神世界の性質「自在に姿形を変えることができる」ことをよく理解しているようだ。ハルも自分の身体が霊体であるように意識した。
「落ち着いたかな」
「ああ、ごめん。もう平気だ、私は冷静だ」
「君は本当に心情を隠すのがお得意なようだがね。もはや一体化した僕にはお見通しなんだよ」
誠に手を取られて動き出す。導かれるままに歩くと、大きな画面が光を投げていた。そこには白い影と真っ黒な塊が交差し、絡み合い離れている。
「見たまえ」
「あれは……なんだ」
「漆黒の靄をまとい四肢は地を踏みつけ、恐るべき咆哮をしている──。君がずっと殺したいと願っていた存在さ」
「まさか」
ずっと画面の端にしか映っていないがそれは確かに黒い霧で、獣の四肢であった。シロウサギがふらつき懐中時計を取り落とした。その顔にはニヤけが浮かんでいる。
「これは死屍子。そして、君だ」
「嘘だ」
……嘘だ。
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