第222話「戦闘欲求」
真っ白な薔薇に血が跳ね返り、それを盛んに吸い取って赤黒く変化する。芝生をえぐる鎖の強烈な一打を交わした途端、丸めた背中が痛み出した。この中でも時間は過ぎているらしい。鎮痛薬が切れ始めているのだ。
「ボクは不思議の国を愛してるよォ、大好きだ、愛してるゥ! でも、ここは童話だねェ」
薔薇の木の陰に身を潜めるが、枝に絡みついた鎖はそれらを引きちぎり武器に変えてくる。折れた枝が突き刺さらないように払いのけ距離を縮める。
「おッ、ラァ!」
「ククク……ああァ、楽しいねェ。やっぱりおとぎ話にはあまりにも刺激が足りなさ過ぎるよォ!」
「くそッ」
遮蔽物のない庭では振り回せる鎖を持つシロウサギの方が有利だ。近寄っても身体が鎖に絡め取られそうになる。ハルは一度落ち着こうと息を吸い込んだ。しかし彼がすぐさま邪魔をする。
「ボクは自由のため、デザインされた元の自我を捨てたよォ。キミはどうなんだい? 何故人間なんかの陰に隠れているのォ」
「人間、だと。だから私は」
「その人の心という檻から抜け出したいなら、もっと欲望に忠実にならなくちゃねェ。キミが何者であるか、ボクが教えてあげる」
シロウサギの口がゆっくりと歪む。初めの音が喉を震わせる前にハルの拳が届いていた。頬を殴り飛ばされた刹那、彼はニヤリ。ハッと我に返った時にはすでに遠く吹き飛んでいる。
「い、ててェ……。んもう、そんなに嫌かなァ、自分を知るってことは」
「嫌だ」
「ふゥん? それは多分、聞いたら自分を制御できなくなると分かってるからだよねェ。キミは利口だものォ」
つまらないなァ、とシロウサギは吐き捨てる。
「ボクは自分がそうであると思い込みさえできれば、どこまでも強くなれるけどねェ。それでもキミには敵わないと思ったのになァ」
「なら、なんで戦おうとする」
「ええ? 野暮だなァ、そんなの……キミが本気見せてくれないからだよねええェ?」
「あ、ぐッ!?」
あやつり人形のように吊り上げられた。辺りの薔薇の木に鎖を引っかけていたのだ。いつもなら気がつく簡単な罠に落ちてしまうほどに、ハルは焦っていた。
「やる気ないなら死んでよォ、ここで」
肉食獣の目に見下される。ゾッと背筋を冷たいものが這い回り、脳裏にひかりの姿が走った。遠くを見ている彼女の横顔が、懐かしかった。
冬の海に浸かったような悪寒がする。そして真っ黒な霧に力を奪われるように、意識が切れた。
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