第217話「窓」

 その先に廊下はなく、部屋に行き着いた。アリスがあっと声を上げる。

「どうしたの、皆!」

 お茶会の真っ最中かのような洋風の部屋だ。真っ白なテーブルクロスのかかった長机に向かい、それぞれが腰かけている。彼らはハルが一人でいた時に出会った、イモムシや猫だった。

 しかし、アリスの問いかけに誰も答えない。皆、頭を垂れて微動だにしないのだ。ハルは奥に見える大きな窓のような、テレビ画面のようなものに視線が向いた。

「あそこは……遼の自室、か」

「どーして俺チャンがいつもいつも、おっかしなところにいるんだと思ったら。こういうことだったわけね」

 ただ一人、帽子屋が起きていた。窓に近い椅子に座り、頬杖をついてそれを眺めている。写っているのはパソコンだ。その中の文字列にハルは見覚えがあるものを見つけた。しかしそれを指摘する前にアリスが飛び出す。

「帽子屋さん。ここはどこ? 三月ウサギのおうち……じゃないわよね、あの場面はお外だもの」

「シロウサギの部屋だよ」

「こんなに広くて、ベッドもないのに」

「作り替えたんですよ。あなたのために」

 ドアを開けた音もせず、シロウサギがそこにいた。ちょんと丸いフォルムがすぐ後ろに立ち笑う。

「キミは気づいてしまったねェ、自身の全てに。そして逃げ出したいと願った」

「それで、何でここを?」

「物語と現実世界を繋ぐため、だよォ。キミがいつだってここから出られるように……キミの代わりを、連れてこられるようにさァ」

「アンタが行っていた「アリスはどこ」というのは、代わりになりそうな人間のことだったんだな」

「そうだねェ。そして誠からハルのことを聞いたんだよォ」

 目を覚ました時の喉の渇きを思い出す。シロウサギは低く鳴き声を立てた。

「どうやらあの大人達はねェ、キミを閉じ込めてしまいたいらしいよォ? この世の汚いものと一緒にさァ、悲しくならないのォキミは」

「──それで。どうせなら物語の代役としてってことか」

「あからさまに話題を避けたねェ。ショックなんだろうなァ、本当は」

「どうでもいいさ」

 ハルは顔を上げた。いつの間にか帽子屋の姿がなく、窓の隅に紅茶を持った手が映っている。こうして彼らは入れ替わり、現実世界に存在しているのだ。

「私は代役を務めるつもりはない。悪いが帰らせてもらおう」

「ククク、逃がすと思ってるのォ? 言っておくけどここはボク達の領域、胎内と同じなんだからねェ」

 ハルの目が鋭くなった。

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