第216話「将来像」
廊下は驚くほど静かだった。二人でドアを開き、ずっと進んでいく。アリスはずっとオドオドとして後ろにくっついていた。
「本当に出られるの?」
「多分な。よく考えてみてほしいんだが、シロウサギと帽子屋だけがどうして物語にない性格や行動を取ると思う」
「帽子屋さんはいつも通りじゃなかった?」
「あいつは帽子を売ってるんだろ。大砲なんて持ってないはずだしドカドカと撃ったりもしない、はずだ。そうじゃなくてもあいつらには共通する『出るための何か』はあるはずだしな」
「それを探すってことね。任せて、探検は得意よ」
しかし扉をいくつ開けても廊下が続くだけだ。紫煙の揺蕩う中を抜け、猫の笑みだけが浮いている下を通る。その他にも通路を抜けたものの、手がかりとなりそうなものはなかった。
「うーん、絶対に抜けられるはずなんだが」
一つひとつ、ここまでやってきた経緯を思い出してみる。彼らは代役としてハルを立て、アリスを自由にしようとしたのだ。そうしたら物語から開放された彼女はどうするのか。自然と思考回路が積み重なっていく。
「アンタは、どんな人間になりたい」
「え? どうせわたしはアリスよ、何にもなれやしないわ」
「いいから考えて。どんなことをしたい? 誰と暮らしたい? 何を食べたい?」
不満げな顔をしながらもアリスは答えた。それはハルにはとんと縁のないような暮らしぶりだった。煌びやかな社交場と広い草原でのピクニック、いずれは精悍な目鼻立ちの青年と結婚する。そして温かな家庭を築きたい。アリスの絵空事はどんどん加速していき、やがて握っていた手は離れて大きく天井へ振り上げられる。
「それでね、あったかいベッドに飛び込むの! きっとお仕事を頑張った後の眠りは、アフタヌーンティーにも負けないくらい素敵だわ」
「そっか。それは気持ちよさそうだな」
「あなたはどうなの。結婚したいなって思う人はいない?」
フッとひかりの姿を思い出す。色素の薄い前髪を耳にかけ、穏やかな瞳で遠くを見ている様子だ。それが何を捉えているのか、ハルはよく分かっていた。
「……ないかな。でもずっとそばで護りたいと思ってる。多分、不思議の国の住人達も同じことを考えてるはずだ」
「好きって言っちゃえばいいのに」
「手厳しいなぁ。それより、ベッドに飛び込んだら次はどうする?」
再び語り出したアリスに相槌を打ち、扉を押し開けた。
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